第54話「滅びの街」

 ルルセレアの中心部に進むにつれて、あたりはやっと史跡らしくなってきた。


 屋台はなくなり、なめらかで均質な石壁の古い建物が多くなる。おそらく、大昔にエルフたちが暮らしていた建物だろう。


 半壊しているものがほとんどだが、縦長の背の高い建築物がゴロゴロあった。大きさは三十~五十メートルほど。


(こんな大きなもの、どうやって建てたんだろう……)


 現在のアルファルドの技術でも二、三階の建物は建てられるが、ここまでの高さとなるとなかなか難しいはずだ。


 少し進むと、何十メートル級の縦長の建物は減り、今度は二、三階建ての、どちらかといえば横に長い石組の家屋が増えてきた。


 こちらは高層建築物よりはセシルにも馴染みはある大きさで、屋敷と言えばしっくり来る。


 どの屋敷にも敷地内には母屋と二、三軒の小屋を持っていた。ものすごく小さな離れにも、動物の飼育小屋にも見える簡素なものだ。


 さらに進むと、やがて前方に大きな壁が見えてきた。

 先ほどの高層建築物と同じ、滑らかな石のような壁。街の中心部を取り囲んでいるようだが、大きすぎてその全貌は見渡せない。


 間近までやってきたセシルは、ほとんど真上を見るようにして壁を見上げる。


 高い。


 街中で背の高い建物はたくさん見てきたが、目の前の壁の高さはそれらをゆうに越していた。

 正確なところはわからないが、ざっと見た感じ百メートルはあるだろうか。ところどころ上の方が欠けているところはあるが、到底登れるような高さではない。


「一般人が来られるのはここまで」


 シルヴィアが言った。


「この先に行くには、自力でエルフの封印を解いていかなければならないの。つまり、魔術師としての実力がなければ進めないってわけ」


 セシルたちの前には、壁の高さの半分はある巨大な両開きの扉が口を閉ざしていた。


「この奥にはなにがあるの?」


 セシルが訊き、


「エルフたちの帝国を動かしていた中枢機関の遺跡よ。……テレジオ、カバン貸して」


「はい」


 シルヴィアはテレジオの差し出したリュックサックをゴソゴソとやって、爪の先ほどの大きさの赤い石が連なった輪っか状の装身具を二本取り出した。

 それを左右の手首に巻き、派手な装飾のついた魔法の杖を両手で握り、地面に垂直に突き立てる。


「ちょっと時間がかかるから、邪魔しないでよ」


 セシルたち三人が頷くと、シルヴィアは目を閉じて、小さく唇を動かし始めた。


 どれくらいその状態が続いただろうか。

 数分後、シルヴィアの周りの空気がふわふわと渦を巻き始めた。


 手首に巻いた赤い石の装身具が光る。一瞬杖の先端に宿ったその光は、杖から地面を伝って真っ直ぐに走るように扉へと向かい、扉にぶつかると飛沫を上げて弾けた。


 すると、ゴゴゴゴ……と音を立てて、扉がゆっくりと内側に開き始めた。


 シルヴィアが安堵の息を吐く。


「……エルフはこれを一瞬でやってたっていうんだから、すごいわよね……」


 シルヴィアは汗でうっすらと湿った前髪をかき上げ、扉の向こうに伸びた高さ五十メートルほどの、もはやホールのようにも見える広い通路を進んでいく。


 通路の奥に、ぽつんと小さな光が見えていた。


(出口がすごく遠い……。この壁、こんなに分厚いんだ)


 歩き出すと、通路の左右に取り付けられたガラス玉がポゥッと白く光った。


 セシルたちが進むのに合わせて、ガラス玉は順番に明かりを灯していく。

 おかげで、入ってきた扉が静かに閉まっても真っ暗にならずに済んだ。


「すごい技術ですね……いや、魔法でしょうか? ここが作られたのは、もう千年以上も前なのに……」


 テレジオの穏やかな声が、壁に反響して幾重にも重なって聞こえた。


「これからいくルルセレアの中心部に住んでいた者たちは、エルフの中でも特に魔術に秀でた者たちだったと言われているの。彼らが街を守るために、何重にも魔術のおかげで、ルルセレアは今でもこんなに原型を保ってるのよ」


「へぇ……」


 セシルが頷いたきり、あとは靴音が反響するだけとなる。


 出口の明かりがだんだんと近付いてくる。


 ようやく通路の端にたどり着き、四人はルルセレアの中心部に足を踏み入れた。

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