第52話「名物店主」

「それにしても、商売人とはたくましいものですね。もうすぐ戦争が始まるというのに、ルルセレアに店を構えるなんて」


 テレジオが屋台の群れを見渡して言った。

 彼が背負ったリュックサックはパンパンに膨れ上がっている。


「両国のグレーゾーンなんて、戦争が始まったら一番に進入口にされそうなものですが……」


「戦地になるのを見越しての『屋台』なのかな」


 とセシル。


「すぐに店じまいして、逃げられるように」


「一生に一度くらいは、魔術の聖地ルルセレアに行ってみたいっていう魔術師は山ほどいるからね。休戦中の今は格好の掻き入れどきなんでしょ」


 言ったシルヴィアの横で、セシルは一番近くにあった土産物屋の屋台の商品の棚にちらりと目をやる。


 小さな瓶に入った「ルルセレアの砂」。


(普通の砂にしか見えないけど……)


 手のひらサイズの「エルフ家屋の壁石」。


(ただの平べったい石……)


 小さな旅行冊子「ルルセレア・ハンドブック」。


(これはちょっとほしいかも? 他には……)


 エルフ饅頭。

 美魔女ロールケーキ。

 賢者のお守り。


(ただの饅頭にただのロールケーキにただのキーホルダーじゃん!)


「……アンタ、今うさん臭いって思ったでしょ!」


 突然、野太い声が耳に飛び込んできた。


 セシルが見ていた土産物屋の店主の声だった。

 背の高い筋骨隆々の男が、商品棚の奥から仁王立ちしてセシルを睨んでいる。


 セシルはぎょっとして言った。


「お……思ってないですよ」


 男は奇妙な格好をしていた。


 左右の耳の横からは二つの長い三つ編みを垂らし、うっすらと青髭が浮かぶゴツい顔には、匂い立つような濃いメイク。しかし、服装はタンクトップとジーンズだけといういたってシンプルなもの。


(な、なんだこの人……? なんかよくわかんないけど強烈……)


 男は商品棚に手を着き身を乗り出すと、


「い~や、思ったわね! 絶対思ったわよ! この仕事何年やってると思ってんの!? アタシにはわかるんだから! ……ったく、これだから最近の若いコ! 失礼だし、せっかく魔術師の聖地ルルセレアに来たっていうのに、ろくな予備知識もない馬鹿ばっかり……」


 はぁ……と男はため息をつく。

 セシルはむっと唇を尖らせた。


「……なんだよ、馬鹿って。あのさ、僕、一応お客さんだよ? お客さん相手に客商売がそんなこと言っていいわけ?」


「まっ!? 言い返してきたわ! ほんっとになんて生意気なの!? 最近の若い女は!」


「おっ……女じゃない!」


 とっさに否定するセシル。

 ……もうすっかり男のフリが板についてしまっていたのだった。


「……え? 嘘でしょ?」


 オカマの店主の顔が、突然間抜けなヒヨコみたいな顔になる。


「そんな女みたいな顔して、男……? はっ! アンタ、もしかして……ナカマ?」


「違うっ!」


 セシルは食い気味に否定した。

 誰がオカマのナカマなものか!


「なによ、そんな力いっぱい否定しなくたっていいじゃない!」


「だってなんか嫌なんだもん!」


 オカマが嫌というか、この強烈な店主と同列に扱われるのが嫌だった。


「……おい。なに絡まれてんだよ」


 少し前を歩いていたラクロが、コントを繰り広げるセシルと店主を見かねて戻ってきた。

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