第8章「古代都市ルルセレア」
第51話「共存の街」
約千年前に滅びたと言われるエルフたちの古代都市遺跡・ルルセレアは、広大な樹海の中心にある。
樹海の中におけるアルファルドとイルナディオスの国境ははっきりしていない。
ルルセレアはどちらの領土でもない――それが双方の暗黙の了解だった。
そのため、ルルセレアは歴史上の戦争でもしばしば重要な拠点となった。
どちらの領土でもないために、進入しても誰に咎められることもないルルセレアは、敵国へ攻め入る突破口になったのだった。
しかし、ルルセレアが戦場となる度に不満の声を上げた者たちがいた。
魔術師たちだ。
ルルセレアは魔術の研究や発展に置いて大いに貴重な資料や遺留品が数多く残る、超重要史跡である。
その貴重な遺物が戦争で破壊されたらたまったものではない。
そう思った多くの魔術師たちが、敵味方関係なく手を組み守ってきた結果、ルルセレアは千年前とほとんど変わらない状態のまま現在までその姿を残してきた。
「……ってシルヴィアが言うから、もっと埃臭くて閑散とした感じだと思ってたんだけど……」
セシルはぐるりとあたりを見回す。
見渡す限りの廃墟、舞う土埃、エルフたちの生活の痕跡、大厄災の傷痕……そんなものを想像していたセシルは、視界一面に広がるあまりにも普通すぎる街並みに拍子抜けする。
宿の周りには、屋台の列が広がっていた。
土産、食料、装備品、雑貨屋、魔術書……掲げられた看板にはそんな文字が見える。
その隙間にはぽつぽつと木造の小屋が建っていて、そこでも店を営業しているみたいだった。
大都会の王都エンデスに比べると大したことはないが、それでも街は賑やかだった。
首飾りやら腕輪やら、魔術の触媒らしき装飾品を身につけている人が多いので、客層の大部分は魔術師なのだろう。
「なんか……普通の観光地、って感じだね」
「この辺りはね。正確には、ここはまだ遺跡の中じゃないのよ」
シルヴィアが赤いハイヒールをカツカツ鳴らして歩く。
「ここは研究にきた魔術師や観光客向けに作られた生活用の区域。まあ、古代都市の周りに作られた城下町みたいなものね。アルファルド側のここは西口、反対のイルナディオス側は東口って呼ばれてるわ」
「ふうん……。アルファルドとイルナディオスの国の人たちが同じ街にいるんだ? 喧嘩になったりしないのかな?」
「同じ街っていっても、ルルセレアは広いからね。お互いに距離をとって、相手の縄張りにはあまり近づかないようにしてるのよ。誰だって無益な争いはしたくないでしょう?」
「そうだね……」
「みんなわかってんのよ。争いは何も生まないって」
「……うん」
「とはいっても、魔術師同士の接触はたまにあるみたいだけどね。でもいがみ合ったりはしないわよ。魔術師って自我が強いヤツが多いから、国とか自分が所属するものへの帰属意識が低いのよね。だからお国のために躍起になったりなんかしないの」
あたしは国家の人間だし、そんなのんきなこと言ってられないけどね、と続けたシルヴィアの隣で、セシルは以前テレジオから聞いた話を思い出す。
――千年以上前に栄えたエルフの都市ルルセレアでは、人間とアンシーリーが共生していたという。
「共生、かぁ……」
今は住む場所を分けている人間とアンシーリー。
その二種族が共に生きていたというルルセレアの街……。
現在はその場所で、敵同士のアルファルドとイルナディオスの人間が、ともに生きている。
……共生とまでは、いかないのかもしれないけれど。
(なんか変なの……。いや、変じゃないのか)
イルナディオスの人たちだって、自分たちと同じ人間なのだ。
みんな、自分たちと同じように生きている。
家族がいて、友達がいて、大切な人がいて、その人たちと笑いあいながらずっと幸せに過ごしていけたらいいと……
(きっと、思ってるよね。……もしかしたら、本当は、誰も戦争なんて――)
「そう言うと、まるで協力しあってるみたいね」
とシルヴィア。
「共生っていうよりは……そうね、共存の方がしっくりくるかしら。ただ、共に存在しているの」
――共存。
シルヴィアの言葉は新鮮な響きでセシルの胸を打った。
お互いに関わらず、手を取り合うこともなく、共に生きるわけでもない。
ただ、共に存在する。
お互いを攻撃することもなく、ただお互いがそこにあると受け入れる――
(それは……)
――それぞれに違う僕たちがとれる、最善の道なんじゃないか?
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