第50話「ラクロの過去」

「ここからは僕がお話ししましょう」


 穏やかに微笑んでテレジオが言った。


「お二人ももうご存知の通り、こちらのラクロはシュティリケ王国の王子様でした」


「……ちょっと待って。シュティリケの王子様って、別の人だったと思うんだけど……」


 セシルが覚えている王子は、ジェリオという名前の少年だった。

 ラクロとはあまり似ておらず、いつもにこにこと笑っている愛想のいい少年だったはずだ。


 セシルが言うと、テレジオは「ええ」と静かに頷いた。


「ジェリオ様はシュティリケの第一王子様でした。ラクロ様はジェリオ様の双子の弟君で、王室の隠された第二王子だったんですよ」


「え……?」


(隠された、第二王子……?)


「広く知られてはいませんが、シュティリケの王室には『子供は一人だけ』というルールがありました。王位争いを避けるためのルールだったそうですが……。ところが十九年前、双子の王子様が生まれてしまったんですね。それがジェリオ様とラクロ様でした」


 テレジオは続ける――王室のルールを守るため、弟のラクロのほうはその存在を国民に知られることなく、城の中でひっそりと育てられたのだ、と。


「……つっても、監禁されてたわけでもねぇし、むしろ顔が知られてるジェリオより自由にやってたけどな」


「双子なのにあまり顔立ちも似てませんでしたし、ラクロは街に出ても王族ってバレませんでしたよね」


「そうだな」


 二人の口調はどこか懐かしげだ。


「……テレジオは、そのときからラクロと一緒にいたの?」


「ええ。僕はお城でラクロの世話係をしていました」


 テレジオはふっと真面目な表情になり、


「……ラクロの存在は公にされていませんでした。だから、僕たちはここまで逃げてこらられた。あなたのような元国民に正体を知られることもなく……。

 そしてルンベックで職に就き、あなたに出会い……アルファルドの騎士にまでなった」


 テレジオは金色の瞳を温かく細め、セシルを見つめた。


「……セシル。僕はあなたに出会えたことを、本当にありがたく思っているんですよ」


「え……?」


「ね、ラクロ?」


「…………」


 ラクロは何も答えずに、誤魔化すように目をそらし、窓の外を見ている。


「……ねえ、セシル」


 テレジオはセシルを見つめて、


「あなたは、あの国が好きでしたか?」


「……うん」


 セシルはしっかりと頷いた。


 正面に座る、故国の王子をまっすぐに見つめて。


「あの国は、僕の大切な故郷だったんだ」


 窓の外を見るラクロは紫色の瞳が、ふっと柔らかな光を灯した、ような気がした。

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