第49話「僕のせい」

 翌日、セシルたちはある程度街の混乱が落ち着いたのを見届けて、カントルーブの街を出た。


 昨夜は丘の上の屋敷に閉じこもっていたおかげで無事だったというザンツ老人に別れを告げ、高速馬車はそそくさと森の中を走り去る。


 無関係な街の人たちを、これ以上巻き込みたくなかった。


(敵の狙いは、僕だから……。でも、どうして僕なんだ……?)


 馬車のリビングで、セシルは浮かない表情で窓の外を見つめる。


 リビングにはセシルの他に、ラクロ、テレジオ、シルヴィアの全員が集つまっていた。


「……今回の旅に、あんたを連れてきた理由はね」


 セシルを神妙な顔で見つめて、シルヴィアが口を開く。


「あんたに、なんていうか……得体の知れないものを感じてたからなのよ」


「……得たいの知れないもの……?」


 胸に不安の雲がかかる。


 シルヴィアは真剣な表情で続けた。


「セシル。あんたはね、魔術を使ってるの。普段、矢を放つときに」


「……え?」


「あんた、射撃は絶対に外さないでしょ? あれは魔法の力なのよ。あたしには、はじめて見たときからそれがわかってた」


「…………」


(……なんで、だろう……)


 ――僕にもわかっていた、気がする。


 アメリア王女と森の中で魔術を発動させたあのときから……


(……いや……もっと、ずっと前から……?)


「魔術を扱うには、どんなに才能のある人間でもある程度の訓練が必要なものよ。でも、あんたはその過程をすっ飛ばして魔術を使っていた……。矢を撃ったあと、すごく疲れるでしょう? あれはそのせいだったのよ。

 だから……なんだか、目を離しちゃいけないような気がしたの。目を離したら……何か大変なことが起こるような気がしたのよ。……そして、昨日のあいつが接近してきた」


 シルヴィアは澄んだ瞳でまっすぐにセシルを見つめる。


「教えて、セシル。……あんたは一体、何者なの?」


「……僕、は……」


 知らず、膝の上で拳を握りしめていた。


「わからないんだ……僕にも……。お父さんは王都に来る前に死んじゃったし、お母さんはもっと前に死んでて、僕は何も覚えてない。お父さんも、お母さんのことはあまり話してくれなかったし……」


「その髪と瞳は、どちらから?」


「……お母さん、かな。お父さんは普通のこげ茶色だったから……」


「ふぅん……」


 シルヴィアは考えるように長いまつげを伏せて、


「……ま、わからないなら仕方ないわね。今は、セシルが狙われてる。その事実だけで十分だわ」


「……あのさ……」


 セシルは震える声で言った。


「シュティリケが襲われたのって……もしかして……」


 全身がガタガタと震えだす。

 身体の芯は冷たいのに、握りしめた手の中にはじっとりと嫌な汗が滲んでいた。


(あの夜、あんなにたくさんの人が殺されたのは……。あんなに怖い思いをしたのは……)


 ラクロの家族が殺されたのは――……


「僕のせい、だったのかな?」


(僕が、あの国にいたから……?)


「……違う」


 言ったのはラクロだった。


 ラクロは苦々しげな顔で続ける。


「あの魔術師は王族を殺してすぐに出ていった。目的はおまえなんかじゃねぇよ」


「っ……」


 涙が滲みそうになった。


(君は……僕を、庇ってくれるの……?)


「……さて」


 と、シルヴィアが仕切りなおすように言った。


「──そろそろあなたのことを教えてくれないかしら、王子様?」


 ラクロが眉間の皺を深くした。

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