第48話「宿敵との再会」

 バスタードソードが見えない壁に弾かれる。


 ジスランが何かつぶやくと、小さな竜巻が発生してラクロの身体を吹き飛ばした。


「ラクロッ……!」


 間髪入れず、後ろからダガーを構えたテレジオが走ってくる。


 ジスランは振り向かず、テレジオの前に地面から氷の円錐を出現させた。連続で現れる氷柱に阻まれて、テレジオはまっすぐに走れず、仕方なく動線を変える。


 ラクロが態勢を整え、正面からジスランに斬りかかった。


(今だっ……!)


 セシルはジスランの腕の力が緩んだ隙に、身をよじってその腕から抜け出した。


 氷の地面に倒れこみ、すぐに後ろを振り返る。


 ジスランは前後をラクロとテレジオに挟まれていた。


(もう逃げられない……!)


 そのとき、ゴォッとジスランの身体が火柱に包まれた。


「!?」


 ラクロとテレジオが動きを止める。


(なんだ……!?)


 炎はすぐに消え去った。

 ……が、さっきまでそこあったはずのジスランの姿が、消えていた。


「なっ……?」


「……思い出したぜ!」


 空から、声が降ってきた。


 セシル、ラクロ、テレジオ、シルヴィアははっとして上を見上げる。


 先ほどラクロが飛び降りてきた建物の上に、ジスランが立っていた。


「そこの黒服のおまえ、どっかで見たことあると思ったら……。おまえ、シュティリケ陥落のときのあいつだな?」


 ジスランはラクロを見下ろして、笑っていた。


「──お城の奥に隠されてた、秘密の王子様だな!」


「……え?」


 セシルはぽかんとした顔でラクロを見る。


 ラクロはジスランを睨んだまま、微動だにしなかった。


「そうだろ? おまえ、俺が逃がしてやったあのときの王子だな? いや~、まさかこんなところで会うとはなァ……。どうだ? 元気だったか?」


 屋根の上の魔術師はケタケタと笑う。


「な〜んてな! 元気なワケねーかァ! 家族全員殺されたんだもんなァ。かわいそうに……。なァ、なんで俺がおまえを助けてやったのか、教えてやろうか?」


 ラクロは何も言わない。

 ジスランは笑いながら続ける。


「同情したんだよ。……他人事とは思えなかったからな」


 ラクロはジャケットからナイフを四本取り出し、ジスランに向かって投擲した。


 カキンッ


 ジスランの手前で見えない壁に弾かれたナイフは、軌道を変えて今度はラクロに襲い掛かる。

 ラクロは一歩下がってナイフを避けた。


「ラクロ、落ち着いて」


 今にも飛び出してしまいそうなラクロの肩に、テレジオが手を添える。


 ジスランが不服そうな声で言う。


「それなのに、何? おまえ、兵士になってんじゃん。せっかく親父様にも秘密で助けてやったってのに……。おまえも知ってんだろ? もうすぐイルナディオスがアルファルドに戦争をふっかけるって話はよ。なのにさァ……そんなに死にてーの?」


「……あなたはやっぱり、イルナディオスの人間なのね」


 シルヴィアが鋭い声で言った。

 ジスランは、ああそうだよ、とあっさりと頷く。


「……アンシーリーを、操っているのね」


「まァね。すげェだろ?」


「ええ……どうやっているの?」


「敵に教えるわけねーだろ~?」


 ジスランは笑う。


「エルフの魔術を復活させたの?」


「さァなァ。……それより、シルヴィア様よ。変な小細工はしない方がいいと思うぜ」


 シルヴィアの肩がぴくりと跳ねる。


「……お見通しなのね」


 シルヴィアが杖を持つ手の力を抜いた。何か魔術を仕掛けるつもりだったようだ。


 ジスランは満足そうに笑い、ひらりと手を振って、


「ま、今日のところは大人しく退散することにするか。本当はもっと簡単にお姫様をさらっちゃう予定だったのになァ……。ま、また日を改めることにするわ。……じゃーな、お姫様」


 セシルにウインクして、黒いローブの男は銀色の月が浮かぶ夜空に溶けるように消えていった。


「テレポートをあんなに簡単に使いこなすなんて……」


 ジスランがいなくなった屋根の上を見上げ、シルヴィアが悔しそうにつぶやく。


 セシルはじっと、表情のないラクロを見つめていた。


(ラクロ……)


 ──シュティリケ王国は三年前、隣国スラージュの侵攻によって滅びた。


 王族は皆、殺された。


(君一人を、除いて?)


「ラクロ、君は……」


(君が、命をかけてでも復讐したかったのは……家族のためだったの?)


 ラクロがゆっくりと、セシルを見る。


 セシルを映した紫色の瞳の中に、ジスランに向けた激しい憎しみの色はもうなかった。


 ラクロは不機嫌そうな声で言う。


「……怪我は?」


「大丈夫……」


 鼻の奥がツンとした。


(君は……こんなときに、僕の心配なんて……)


 奥歯をぐっと食いしばる。


(……僕が泣いたって、何にもならないんだ。)


 ──だって、ラクロの家族は、三年前に死んでしまったのだから。


 シルヴィアがセシルの髪をくしゃりと撫でた。


「……靴、履いてきなさい」


 パジャマ姿のまま拉致されたセシルは裸足だった。


「まずは街をなんとかしなきゃ。このブサイクなアンシーリーの氷像、さっさと処分したほうがいいわ。溶けて動き出したら面倒だし……。避難させた住人も呼び戻さなきゃ。国民の安全を守るのは、国家に仕える者の使命なんだから」


 シルヴィアは赤いハイヒールをカツンと踏み鳴らして、街のほうを振り返り、


「……積もる話はそのあとよ」

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