第47話「魔術師の戦い」

 振り返った男が、ニヤリと唇の端を吊り上げた。


「あんたが噂の気高く高慢な美しきマジスタ、シルヴィア・ベルティ様かァ。ふ~ん。本当にいい女じゃねーか」


「……その子を離しなさい」


「や~だねっ! って言ったら?」


「叩き潰すわ。あんたを」


「……できるかなァ?」


 シルヴィアが短く何か言って、地面から生えたイバラが五メートルほど伸びる。


 石畳を割りながら六本出現したイバラが、鞭のようにしなって男とセシルを襲いくる。


 速い。


「ってぇ!」


 男の頬をイバラの棘が掠った。


 男が小さく何かつぶやき、イバラが生えている場所に重なるように、岩の円錐が地面から突き出した。六本の円錐はそれぞれイバラを串刺しにし、イバラはうねうねとその場で蠢くだけになる。


 男がまた小さく口を開いた。言い終わると、男は二メートルほど飛び退る。


 絡み合ったイバラと円錐が、青い炎でゴォッと一気に燃え上がった。


 一瞬、あたりが昼間のように明るくなる。


 間近で感じた明るさと熱に、セシルはひっと悲鳴を上げた。


 炎はすぐに収まり、そこには石の円錐とイバラの消し炭が残された。


 シルヴィアが整えられた眉を吊り上げる。


「……あんた、一体何者?」


 アルファルド王国最高峰の魔術師・シルヴィア。

 そんな彼女と互角に、


(いや……それ以上、か?)


 やりあっている、敵。


「俺の名前はジスラン。しがないただの魔術師さ」


 ジスランと名乗った男がさらりと言う。


「謙遜も度が過ぎると嫌味よ」


 シルヴィアの周りの空気がキラキラと輝きはじめた。


(水滴……?)


 小さなしずくがシルヴィアの前に集まり、それはすぐに一メートルほどの七本の氷の矢となった。


 ひゅんっと音を立てて、それらがこちらに飛んでくる。


 ……が、氷の矢がジスランに届くことはなかった。


 先ほどテレジオの攻撃を防いだ見えない壁が、氷の矢を弾いたのだ。


 七本の矢は粉々に砕け散り、シルヴィアが悔しそうに歯噛みする。


 ジスランは余裕たっぷりに笑って、


「う・し・ろ」


「……え?」


 振り返ったシルヴィアのすぐ近くに、双頭の巨人が立っていた。

 巨人がシルヴィア目がけて棍棒を振り下ろす。


「っ……!」


 シルヴィアはすばやくしゃがんで棍棒をかわし、そこへ間髪入れずに巨人が蹴りを繰り出した。


「ぐっ……!」


 脇腹を蹴られ、シルヴィアは地面に横向きに転がった。


「シルヴィアッ!」


 ぐったりして動かなくなったシルヴィアをつかみ上げようと、巨人が手を伸ばす。


 あと数十センチで捕まる……というところで、ばっ! とシルヴィアは勢いよく頭を持ち上げた。


「……作・戦・よ!」


 杖の先を巨人の手のひらにぶつけて、短く呪文を唱える。


 と、バチッという音が弾けると同時に、巨人の身体が一瞬白く光った。


「ガァァァァァッ!!」


 目、鼻、口、身体のいたるところからシュゥゥ……と煙を出し、巨人は地面に倒れ伏した。


「む?」


 ジスランが笑みを消して、周囲を見回す。


 パキパキパキ……。


 小さな音が、四方八方から聞こえた。


 いつの間にか吹く風は冷たく、吐く息は白くなっている。


 ――パキパキパキ、ピキッ!


 気がつくと、あたり一面が氷漬けになっていた。


 氷のシートが地表を覆い、通りに集まっていた双頭の巨人たちを足元から氷像に変えていく。


「グァッ……!!」


 一番大きな個体キングの短い悲鳴を最後に、通りは化け物の氷像に埋め尽くされた。


「あーあ……」


 ジスランがため息をつく。


「さっすがシルヴィア様だなァ。まさか、これだけの数を一瞬で氷漬けにしちゃうなん……」


 ――目の前に、黒い影が落ちてきた。


「!?」


 ヒュンッ! と鼻先を何かが掠める。のけ反ってかわしたジスランが、


「……お?」


 自分の足が凍って、地面と一体化していることに気がつく。


「……やるねぇ」


 黒いアイラインに囲まれた目がちらりとシルヴィアを見、すぐに目の前の人物に視線を戻した。


 剣を構えた彼――ラクロは、今まで見たこともないくらい鬼気迫る表情で、ジスランを睨みつけていた。

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