第46話「双頭の巨人」
はだしの足裏に、地面の感触。
「!?」
いつの間にか、セシルはカントルーブの街の中に立っていた。
(音も衝撃もなかった……魔術か?)
五十メートルほど先の通りに、二つ頭のアンシーリーが背中を向けて立っていた。
六メートルはありそうな巨体が、太い腕を振り回して暴れている。何かと交戦しているようだ。
街の人は逃げたのだろうか。
見える範囲に人影はない。
「キング!」
セシルを抱いた男が言う。
キングというのは双頭の巨人の呼び名のようだった。
男が続けて何か言った。異国語のような耳慣れない言葉で、セシルには聞き取れない。
セシルは身をよじる。
やはり男の腕はびくともしなかった。
「おとなしくしてろって」
風が吹いて、男の被ったフードが揺れる。
影の落ちた眼窩から、赤く光る二つの目が見えた。
「っ……!?」
男はニッと笑い、
「おそろいだろ?」
キングと呼ばれた巨人が大きく一歩後ずさる。
と、巨人の戦っている相手がこちらに気づいた。
「……セシル!」
「テレジオ!」
テレジオは巨人に詰め寄ると見せかけてその横を通り抜け、サーベルを鞘に戻す。ジャケットの内側からダガーを抜き出し、姿勢を低くして下から上に薙ぐように一閃して男に斬りかかった。
「おっと」
男はセシルを抱えたまま後方にジャンプして身軽に避ける。
その拍子にフードが外れ、男の素顔が現れる。
夜目にもはっきりとわかる、燃え盛るような赤い髪。くっきりと長くアイラインを引いた目元に、唇は毒々しい紫色に塗られている。
ガキンッ!
テレジオが振るった刃が、見えない壁に弾かれたように男の顔の前で阻まれた。
「……やはり魔術師ですか。セシルに何の用です?」
「さァ、教えらんねーなァ。こっちにも事情があるんでね」
間髪入れずに男が何かをつぶやく。さっきの異国語(?)のようだ。
ひゅおっ、とテレジオの足元に巻き上がった小さな竜巻が、テレジオの身体を十メートルほど吹っ飛ばす。
「くっ……!」
「テレジオッ!」
そのとき、キングが大きく息を吸い込んだ。
「オオオオオオオオッ……!!」
地面を揺るがす、咆哮。
すると街のあちこちから似たような叫び声が上がり、ドタバタと重たいものが駆ける音が聞こえてきた。
音はだんだんとこちらに近づき……双頭の化け物たちが、セシルたちのいる通りにやってきた。
サイズはキングより一回り小さいものばかりだが、それでも十分な大きさだ。
キングが再び声を上げ、化け物たちがそれに応える。
素早く立ち上がって態勢を立て直したテレジオに、キングよりも一回り小さい巨人が飛びかかった。
棍棒を振り上げた巨人の脇の下を潜り抜け、テレジオが背後に回る。
一瞬前までテレジオがいた地面に棍棒を振り下ろした巨人の右肩に、テレジオはサーベルを叩き込んだ。
勢いよく血が噴き出し、二つの頭が醜い悲鳴を上げた。
動きの鈍くなったそいつを蹴倒し、右の首に刃を突き刺す。
四分の三ほど食い込んだ右頭はだらりとして、すぐに動かなくなった。
左の頭はまだ怒りをあらわに左腕を振り回していたが、半身が死んで身体をうまく動かせないらしい。すぐにテレジオのサーベルに喉笛を掻き切られて死んだ。
……と、そこへ別の巨人が襲い掛かる。
いつの間にか、テレジオはあたりを数体の巨人たちに取り囲まれていた。
「じゃ、あとは頼んだぜェ」
赤毛の男が言って、セシルを横抱きに抱え上げる。
「は、離せっ!」
「暴れんなって! ったく、お転婆だなァ」
男はセシルの抵抗などものともせずに、セシルを抱えたままゆっくりと歩いてアンシーリーの輪を抜ける。
と、二十メートルも進まないうちに、
「をっ!?」
にゅっ、と男の目の前の地面から太いイバラが生えてきた。
男はすばやく横に跳んで回避し、
「逃がさないわよ!」
後ろから、シルヴィアの声が聞こえた。
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