第41話「盗賊の襲撃」


 王都を出てから四日目の夕方のこと。


 ガタンッ! と馬車が揺れた。


 今までにない大きな揺れだった。


 なんだか嫌な予感がして、セシルは窓を開けようとして、


「開けんなよ」


 自室から出てきたラクロに止められた。見ると、後ろにはシルヴィアもいる。


 馬車の外、後方からバタバタと音が聞こえた。

 ……何かが追いかけてくるようだ。


 セシルは窓ガラスに張り付くようにして後方を見る。


「……敵……!?」


 道なき道を走っている馬車の後ろから、三十騎ほどの騎馬の群れが押し寄せていた。


 乗っているのは体格の良い男たち。全員が頭や首に灰色の布を巻いていた。


 ――山賊だ。


 前方の八騎は弓を構えていた。


 弓を構えた二騎が、ぐっと距離を詰めてくる。


 高速馬車は、「高速」といえども、実際の速さは普通の馬が走るのとそう変わらない。荷台が重すぎるのだ。


 窓の外で弓を構えた髭面の男が何か言っている。ガタガタという騒音のせいで、何を言っているのかはまったく聞こえなかった。


『――グレイ・ホークです!』


 リビングに取り付けられた発声管から御者の声が聞こえた。


「グレイ・ホーク?」


 テレジオがのんびりとした口調で言うと、御者は上ずった声で答えた。


『このあたりに出没する凶悪な盗賊団です! とてもしつこく、一度遭遇したら最期、どこまでも追いかけてくるのだとか……』


「……ということは、やつらを殲滅するしかないということですかね?」


『え? まぁ、はい……そうですが……』


「だそうですよ、みなさん」


 テレジオはにこりと笑ってリビングにいる面々を振り返る。


 ラクロ、テレジオ、シルヴィアの視線がセシルに突き刺さった。


「……え?」


「飛び道具の専門はおまえだろ」


「さすがの僕でも、近づけないと戦えませんからねえ」


「はい、これ」


 一度部屋に引っ込んだシルヴィアが、面倒くさそうに弓矢を渡してくる。


「じゃ、頼んだわよ」


 綺麗にネイルの塗られた爪が窓を開けて、


「ちょっと……!」


 その瞬間、賊が矢を放った。


「っ……!」


 セシルの眼前に迫ったそれが――ボッ、と燃え上がる。


「……え?」


 ふん、とシルヴィアがつまらなそうに鼻を鳴らす。

 どうやら、シルヴィアが魔術を使ってくれたらしい。


「雨避けくらいならしてあげてもいいわよ」


 馬上の男たちが、こちらに向かって一斉に放つ。


 シルヴィアが詠唱の言葉を短く唱えると、空を切るようにして迫りくるそれらが一気に燃え上がった。


「ああもう、面倒くさいわね。一気に元を絶つわよ」


 シルヴィアが再び呪文を唱えると、今度は男たちが持った弓矢が小さく爆発して、四散した。


「じゃ、あとはよろしく」


 桃色の髪を翻し、シルヴィアは奥へと下がる。


 代わって、セシルが前に出た。


 ……ここまでお膳立てしてもらって、何もしないわけにはいかない。


 窓から身を乗り出し、矢をつがえる。


 ――スッ、と周りが静かになった。


 矢を三本、一息に放つ。


 つぷん、と矢は盗賊たちが頭に巻いた灰色の布に突き刺さった。よく見ると、布には鷹の絵が描いてあった。


 セシルは続けざまに五本矢を放つ。矢は先ほどまで弓を構えていた男たちをすべて撃ち抜き、馬たちは一瞬前まで主だった肉の塊をふるい落として、バラバラと木立の中へ逃げていった。


 戦意を喪失したのか、後続の騎馬たちがバラバラと足を止めていく。


 セシルは脱力し、膝をつきそうになる身体を窓枠に手をついて支えた。


「セシル。残りも殺しておいたほうがいいんじゃないですか?」


 お茶でもいかがですか? とでもいうような気軽さでテレジオが言う。


「……距離が空きすぎちゃって、もう届かないよ」


「でも、彼らはとても執念深いのだそうですよ。あのまま生かしておくとあとで報復されるかも」


「じゃあ、あたしが始末しておくわ」


 シルヴィアが窓から身を乗り出し、点になった盗賊団にいつの間にか持っていたクリスタルのついたステッキを向け、呪文を唱えた。


 瞬間、ボンッ! と爆炎が上がる。


「わ……」


 すごい。あれなら残りの賊たちも全滅だろう。黒煙がもうもうと空に昇っていく。


「ねえ、あれ、山火事とかは大丈夫なの?」


「火加減はしておいたわ。問題はないはずよ。心配なら雨でも降らしておく?」


 シルヴィアはソファに腰を下ろし、仕事は終わったとばかりに長い脚を組んだ。


「おまえ、護衛なんていらなかったんじゃねえの」


 ラクロが口を開いた。


「敵がきても、おまえなら一人で撃退できただろ」


「まあね。でも、ルルセレアにつくまで力は温存しておきたいじゃない?」


 シルヴィアは自身の桃色の髪を指先でくるくると弄ぶ。


 テレジオが発声管に向かって言った。


「もしもし。運転手さん、怪我はありませんか? 盗賊団は撃退しましたよ。もう大丈夫ですので、安心して目的地に進んでください」


 御者は呆けた声で言う。


『あ、ありがとうございます……。あの、ですが、実は……別の問題が発生してしまいまして……』


「別の問題?」


『はい……。夢中で逃げていたら、その……今度は、み、道がわからなくなってしまいました……』

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