第40話「魔術の未来」

「素朴な疑問なのですが、今回の任務にはどうして僕まで同行することになったのでしょう?」


 カップをソーサーの上に置いたテレジオが言った。


「ラクロとセシルはともかく、僕は例の怪しい人物の姿も見ていませんし」


「大した理由じゃないわよ」とシルヴィア。


「あんたがいた方がこの二人がうまくいくと思っただけ。こいつら、よく喧嘩してるって言うし」


 シルヴィアがセシルを見て、テレジオに視線を戻す。


「いつも仲裁に入る男がいるって聞いたから、ついでに呼んだってわけ」


「なるほど」


「ねえ、どうしてわざわざ僕たちを護衛につけの? マジスタにはちゃんと親衛隊がいるのに」


「親衛隊の方には別件で動いてもらってるからよ。それに、大勢でぞろぞろ移動するのも馬鹿みたいだし。……あ、このお茶おいしい」


 テレジオが笑みを深める。


「よかった。これ、僕のオリジナルブレンドなんですよ」


「あら、そうなの? フルーティだけど香りが強すぎなくて、好きな味だわ」


「お口に合ってよかったです。実は、シルヴィア様のお好みに合わせてブレンドしてみたんですよ。先ほど王宮でシルヴィア様の食の好みを伺いまして」


「まあ、わざわざ? 変わった男ね……。というか、あたしのことはシルヴィアでいいわよ。しばらくは共同生活をすることになるんだし、格式ばったことはなしにしましょう」


「かしこまりました」


「……だから、そういう話し方は……」


「テレジオはこれが素なんだよ」とセシル。


「そうなの? まあ、それならいいけど……」


 シルヴィアがちらりとテレジオを見て、再びカップを口に運ぶ。


 セシルは窓の外を見た。

 高速で流れていく外の景色は、白い街並みの王都からすでに荒野へと変わっていた。


「それにしても、すごいスピードだね。こんなに速く走って、馬は疲れないのかな?」


「大丈夫よ。ギアをつけているし」


 シルヴィアが答えた。


「ギア?」


「馬の脚に金属の装置がついていたでしょう。あれよ。高速馬車を引く馬っていうのは、みんな速度・持久力ともに厳選された馬たちで、生まれたときから特別な育て方をされているの。その上、ギアが補助して脚力とスピードは格段に上がってるから、そう簡単にはへばらないのよ」


「へえ、そうなんだ。そういうのも魔術なの?」


「魔術と科学の合わせ技ってところね」


「……カガク?」


「最近研究されはじめた新しい学問よ。最近は、魔術の研究の過程で見つかったいろんな法則を、各分野に応用してみる動きが活発になっているの。そのギアもそのうちの一つね」


「へえ……つまり、新しい技術ってこと?」


「まあ、そういうこと。生まれ持ったものに左右される魔術と違って、科学は道理さえわかればだれにでもできるから、いずれ科学の分野にはたくさんの研究者が集まってくるわよ。そうしたら、限られた人数しか集められない魔術の分野なんて、そのうち廃れてしまうかもしれないわね」


「そ……そうなの?」


 魔術師の未来はお先真っ暗……という話なのに、シルヴィアはなぜかあっけらかんとしている。


「ええ。文明っていうのはそういうものよ。新しい技術が広まれば、古いものは淘汰されていく。人間はそうやって進歩してきたのよ。……よく考えてもみてよ。魔術師っていうのは、生まれ持った魔力という才能がなければなれない。でも、科学の道は努力次第で誰でも究めることができる……扉は万人に開かれているのよ。努力すれば誰だって高みに登れる時代がくる……のかもしれない」


 シルヴィアの瞳は、まっすぐに前を見据えて輝いていた。


「そういう世界は今よりずっといいと思わない?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る