第21話「親衛隊と酒場」

 王都エンデスの歓楽街にあるこぢんまりした酒場、ホワイトエンド。


 今夜、その店内はひどく荒れていた。


(うるっさい!!)


 ……それが、セシルが抱いた王女親衛隊の第一印象だった。


 せっかくだから行ってみましょう、とテレジオに誘われ、先ほどダリアンに教えてもらった酒場にやってきたのだが。


(こなければよかった……)


 と、げんなりするほど、店内は騒々しかった。


 貸切にした店内で、ジョッキを片手に思い思いに騒ぐ王女親衛隊の面々に、ラクロもうるさそうに顔を顰めている。


 言いだしっぺのテレジオは、嫌そうな顔を並べて店の入り口に立ち尽くすセシルとラクロに遠慮するでもなく、つかつかと店の真ん中へと歩いて行き、


「すみません」


 と、一際人が集まっているテーブルの中心にいる人物に愛想のいい笑顔を向けた。


「僕ら、今日この隊に配属が決まった……」


「おお! おまえたちが例の新入団員か!」


 テレジオが最後まで言い切る前に、三十代前半ほどのその男は立ち上がって、店中に響く大声を張り上げた。


「みんな! 聞け! こいつが今日新しく入隊したやつだ! おまえ、名前は?」


「テレジオ・ハイメスと申します」


「テレジオか! あいつらも新団員か?」


 男は入り口付近に突っ立ったままのセシルとラクロの方を見る。


 ええ、とテレジオが頷くと、酒場は「おおおお!!」と雄々しい歓声でいっぱいになった。

 皆、だいぶ出来上がっているようだ。


「俺は王女親衛隊長のスコットだ。おまえらの直属の上司になる。これからよろしくな!」


「はい。よろしくお願いします」


 テレジオはニコニコと人当たりのいい笑顔であたりを見回した。

 すると、優しげな笑顔のせいだろう、どこかから「こいつ本当に戦えんのかよ?」と声が上がった。


「戦えるから入団したんだろーよ! で、そっちのおまえらは?」


 スコットが扉の前に佇むセシルとラクロの方を向く。酒場中の視線が集まり、セシルは少し緊張した。


「……セシル・エクダルです」


 次いで、隣の仏頂面が「ラクロだ」と簡潔に(面倒臭そうに)(感じの悪さ全開で)自己紹介をする。


「おいおい、銀髪の子、女の子じゃねーか!」


 誰かが言って、どっと笑いが起こる。


「女の子は騎士にゃなれないぜ!?」


「危ないから早くおうちに帰りな~。狼に襲われちゃうぞぉ?」


 セシルはむっと口をへの字にした。


「あれぇ? 怒っちゃった?」


「怒った顔もかわいいよぉ?」


 馬鹿にしたような酔っ払いの声に、再び爆笑が起こる。


 セシルは凛とした声で「僕は男だ」と言った。

 本当かよ! という声がそこここで上がる。


「おいおまえら、新参者をからかうのはそこまでにしとけ!」


「だってよぉ、隊長、優男二人と女の子だぜ? こいつら、本当に戦えんのかよ?」


「大丈夫だ! こいつらは、えっと……なんだっけ、まあ、どっかの子爵から推薦をもらってるんだ! まったく使えなかったら、そういうことにはならんだろう。……ま、とにかくおまえら座れ! 部下がすまんな! ほらおまえら席空けろ、俺はニュービーと話したいんだ!」


 スコットは右手でテレジオ、セシル、ラクロに座るように示しながら、左手で近くに座っていた数人の騎士にどくように指示した。


「……で、おまえらはどこから来たんだっけ?」


 スコットが尋ね、「ハーシェル子爵領のルンベックという街です」とテレジオが答える。


「ああ! そうだった! おまえらはハーシェル子爵の推薦だったな! こんなときに入団させられるなんて災難だったなぁ」


「こんなときに、というのは、戦争が始まるかもしれないのに、ということでしょうか?」


「そうそう。やっぱりおまえらも知ってたかぁ。ま、もう少し日が近づけば、国民も徴兵されるんだろうけどな。……まったく、戦争なんてあってもなくても俺たちの給料は変わらねぇんだ。それならない方が絶対にいいってのに……イルナディオスのやつらめ!」


 まったくですねぇ、と無難に同調するテレジオを尻目に、セシルは誰かが持ってきた新しいジョッキを持ち上げる。

 その場の勢いで一口飲んでみたが、


(うぇっ! まっず……)


 すぐに、やっぱり飲まなきゃよかった……と後悔した。セシルは昔からアルコールの味が苦手だったのだ。


(少しは大人になったと思ったんだけどな……。あー、もう、うるさい!)


 慣れない酒場の雰囲気に少々居心地の悪さを感じ、スコットの相手をテレジオに任せて席を立つ。


 酒場の熱気に当てられてか、ほんのりと身体が熱かった。


(少し涼しいところに行こう……)


 と、店を出ようとしたとき、


「あっ……」


 誰かが足を引っかけてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る