第20話「極秘任務」

「三日後の任務の話をしよう」


 セシルとラクロの部屋──二人用の部屋なのに一つしかない机と椅子と、入って右手にある大きくも小さくもないクローゼット。そして左右に置かれた二つのベッドがあるだけの部屋──で、ダリアンは口を開いた。


「例の極秘任務というのは、アメリア王女を亡き王妃の実家・オルランディーニ公爵家に疎開させることだ」


 ダリアンは真剣な顔で三人を見回し、


「王が騎士団を強化する理由……それは、おまえらも薄々わかっているとは思うが……近々、本格的にイルナディオスとの戦争が始まることが予想されている」


 ……無意識に、セシルはぎゅっと拳を握りしめた。


「イルナディオスの領土侵犯が最近どうにも露骨でな。アルファルドこちらは警告してるんだが、向こうはそれを聞く気もないらしい。あまり野放しにしておくと、いつ攻撃されるかわからないからな……国としては、こちらから手を打つことも考えている。

 だが、その前に時期女王アメリア様の身の安全だけは確保しなきゃならん。……それで、今回の任務ってわけだ」


 イルナディオスはアルファルドの東に位置している大国だ。

 南西にあるオルランディーニ公爵領地は、この王都エンデスよりはるかに敵国から遠い。

 西の果てにはイルナディオスの同盟国、スラージュがあるが、オルランディーニ公爵領地はそこからも距離があった。

 つまり、戦争が始まっても比較的危険度の低い地域なのだった。


「……てことで、来たばっかりで悪いが、おまえらは三日後にはまた旅の人ってわけだ。だから、それまでにちゃんと身体を休めておけよ」


 気遣うように明るく言って、ダリアンは部屋の扉を開ける。


「……話は以上だ。じゃあな」


 と、そのまま廊下に出ようとして、


「……そうだ」


 再び室内を振り返る。


「今夜、ホワイトエンドって酒場で王女親衛隊の集まりがあるんだ。気が向いたらおまえたちも行ってみるといい」


 そして、ダリアンは今度こそ本当に部屋を出ていった。


(戦争、か……)


 セシルは心の中でつぶやく。


(本当に、また始まるのかな……)


 あの悪夢のような日々が……。


 セシルはラクロとテレジオの目も気にせずに、ぽふんと仰向けにベッドに倒れ込んだ。


 そして、目を閉じ、静かに思う。


(……いっそのこと、逃げちゃおうか?)


 ──戦争のないところに。


(……って、どこだよそれは……)


 この二大強国の戦火の及ばないところなんて、この世界にあるのだろうか?


(それに……一度入った騎士団を無断で抜けたら、僕は罪人だ)


 騎士団から逃れ、争いのないところに……なんて、


(そんなところ、本当にあるんだろうか?)


 セシルは深く息を吐き、この残酷な世界には逃げ道すらないことを、静かに悟る。

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