第22話「喧嘩と酔っ払い」
足をかけられたセシルは、ビタン! と無様に転んだ。
頭上から笑い声が降ってくる。
「大丈夫か~い? お嬢ちゃん。ダメじゃないか、こんなところをふらついてちゃ」
わざと高く作った声で言った男は、足を伸ばしたままセシルを見下ろしていた。そいつの周りに腰掛けているやつらも、下品なにやけ面を浮かべている。
セシルはのろのろと立ち上がり、頭二つ分背の高い男に「……おい」と言った。
「……聞こえなかった? 僕は男だって言っただろ。それとも、一度言ったくらいじゃ理解できないくらい頭悪いの?」
「……ああん?」
にやけていた男の顔が、一瞬にして怒りに染まる。
「てめぇ、生意気な口
セシルはツンとそっぽを向いた。
「別に、思ったことをそのまま言っただけだけど?」
……なんだか、頭の芯がぼんやりとしていた。
脳が働かなくて、普段なら言わないようなことまで言っているような……。
「……おい、坊主。てめぇは男の世界ってもんを知らねぇらしいな」
男が立ち上がり、セシルの胸倉を掴み上げる。
まずい、とわずかに残った冷静な部分が警告を告げていた。
しかし、セシルの唇は止まらない。
「すぐにそうやって暴力に頼るの? 野蛮だね」
「ンの野郎……!」
男が拳を左手を振り上げる。
その手を、パシン、と、
「ガキいじめてんじゃねーよ、天下の王国騎士様がよ」
受け止めたのは、ラクロだった。
あ? と男がラクロを睨む。
「てめぇもやんのか?」
「相手してやってもいいぜ」
ラクロが笑う。
男の手がセシルから離れて、セシルはそのまま壁に寄りかかった。
「なんだ? 喧嘩か?」
「新入りが喧嘩するぞ!」
「お手並み拝見といこうじゃねーか!」
「おーい! もっと酒持ってこーい!」
もともと騒がしかった酒場が、さらに騒々しくなる。
店の従業員らしき男が「喧嘩なら外でやれ!」と怒鳴るが、ラクロと男はそれを無視して、テーブルのない開けた位置で向かい合った。
「王国騎士団の力を見せてやるぜ。てめぇみたいな細ぇ優男がやってけるところじゃないってのを教えてやる!」
「はっ。そりゃ楽しみだな」
挑戦的に笑ったラクロに、男がパンチを繰り出す。
ラクロはひょいとそれをかわして、伸びてきた腕を掴み、ぐっと勢いをつけて引き寄せた。
そして、
「うぐっ……!」
ラクロのパンチが、腹に決まった。
……勝負は一瞬でついた。
男が膝をつき、酒場はシン……と静寂に包まれる。
「そういえば、あいつ入団試験のときにダリアン団長と互角にやりあってたって聞いたような……」
誰かがぽつりとつぶやいた。
ラクロは少し乱れた前髪を鬱陶しそうにかき上げ、壁にもたれかかってぼんやりとしていたセシルの手首を掴んだ。
「……帰るぞ、酔っ払い」
「……酔ってなんかないよ」
「酔ってんだろーが。顔、赤くなってるぞ。ったく、たった一口でこんなに酔いやがって……」
ラクロはセシルの手を乱暴に引き、店の外に連れ出そうとして、
「……おまえ!」
店を出る直前、ラクロに負けた男が叫んだ。
「妙な術を使うらしいな! 戦うときに目が光るって聞いたぞ!」
セシルの足が、止まる。
「その変な髪と瞳の色は、魔術の副作用かなんじゃねぇのか!? ……気持ち悪いんだよ、女男が!」
「っ……!」
セシルはラクロの手を振り払って駆け出した。
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