第13話

 今回の儀式は、テレビ放映はされないと言う。それどころか、映像記録として撮影される事も無いそうだ。それは即ち、儀式の内容が、他人が目にしてはいけないものだという事を示している。

 庵の出口から、生贄の儀が行われる山頂まで、薄紙が貼られた灯篭がずらりと並び、一本の道を造り出す。桃色の薄紙を通した光が、陽の落ちた暗闇の中ぼんやりと浮かび上がっていた。

 生贄である静海は、介添人である奉理のみを連れて山を登る。今回の儀式では、生贄を支える以外の役目が介添人にはあった。それは、化け物の元へ生贄を無事に届ける、従者の役目だ。

 奉理には儀式用の飾り剣が与えられ、これで時折辺りをうろつく動物を追い払えと言う。こういう時の為に、「実戦用剣術」などという授業が用意されていたのだろうか。もっとも、鎮開学園に入学して二ヶ月経たない奉理では、振り回す事が満足にできるようになったばかりだが。

 夜道を二人、言葉を交わす事も無く黙々と登る。時々、奉理が少しだけ遅れては、静海がそれをじっと待つ。与えられた剣が、短剣ながら重い。

 灯篭に照らされた道を行き、暗い林を抜け。やがて二人は、山頂に結ばれた庵の前に出た。こちらも、今回の儀式の為に築かれた物だ。

 この中には、絹の蒲団が敷き詰められた、天蓋付きの寝台が用意されているという。そして、化け物はその寝台を覆う御簾の向こうで、生贄の到着を今か今かと待ち構えている。

 つまりは、そういう事だ。今回の化け物は「嫁寄越せ系」で、静海はこれから、初夜の褥へと招かれる状況にある。

 この「嫁寄越せ系」で生贄にされた者は、基本的には死ぬ事が無い。……が、事後異界へと連れて行かれてしまうため、扱い的には死んだも同然だ。

 庵の前に辿り着いた以上、もう危険な目に遭う恐れは無い。ここで生贄は花嫁のヴェールを、介添人は黒の覆面を着用する事になっている。生贄は、異界への入り口となる庵へ足を踏み入れる際、余計な物を見ぬように。介添人は、初夜の様子を決して見てはいないと示すために。

 二人はそれぞれヴェールと覆面を着用し、定められた持ち場へと移動する。生贄は、庵の中に。介添人は、中の音を伺い聞く事のできる、待機の場所に。

 介添人は儀式を見てはいけないが、儀式が無事に遂げられた事を確認する義務がある。そのためだ。

 これからの事を考えたのか、顔を隠した二人の肩は震えている。

「大丈夫……きっと大丈夫だよ。知襲の言った通りにすれば、きっと俺も静海も、生きて帰れる……」

 誰にも聞こえぬほど小さな声は、顔を覆う布で跳ね返り、奉理だけの耳に届く。それに鼓舞された奉理は、「うん」と、再び誰にも聞こえぬ声で、呟いた。

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