第12話
「柳沼、本当に良かったの? その……私の介添人を引き受けたりなんかして……」
「今更何言ってるんだよ。訊くなら、俺が介添人を希望したその時に訊いて欲しかったな。……それに、多分どの道、俺が選ばれてたと思うしさ。寮に戻るのが遅くなった罰則みたいな感じで。だから、静海が気にする必要は全然ないよ」
「そう……」
奉理が不思議な少女、白羽知襲と出会ってから、一週間後。奉理は、竜姫静海と共に、刷辺市の山中に結ばれた庵の中にいた。静海はこれから差し出される生贄として。奉理は、生贄の儀が始まるまでの間、生贄の心を支える介添人として。
先ほど、静海は家族と最後の面会を終えた。生贄やその家族が取り乱しておかしな行動を取らぬよう、介添人である奉理もその場に同席したのだが。
「……さっきは、ごめんね。見苦しいとこ見せちゃってさ」
「……ううん、仕方ないよ。生贄が俺でも、同じようになったと思う……」
辛過ぎて、直視できなかった。それが、奉理の正直な感想だ。
母親が声を震わせ、父親が同席していた奉理や他の大人達に食って掛かり、弟は自分のせいで姉が……と泣き叫んだ。
静海は初めのうちこそ努めて明るく振舞っていたが、弟に「逃げよう」と手を引かれ、それを押し戻して。そして、泣いた。死にたくない、帰りたい、と。その場にくずおれ、化粧が流れ崩れるほど激しく泣いた。
そして、これ以上の面会は危険と判断され、家族と引き離され。介添人である奉理と共にこの部屋に隔離されて、現在に至る。
静海は化粧を直され、今は気持ちも落ち着いて、大人しく椅子に座っている。服装は、堂上明瑠の時と印象が似ている。繊細かつ華やかな装飾品で飾られているが、派手さは微塵も感じられない。艶やかで光沢のある白い着物の上に、今回は緋の衣を纏っている。今回の化け物の特性故か、常よりゆるやかに着付けられているようだ。よく言えばゆったりとして、悪く言えば脱がせ易く見える。
「知襲の言った通りだ……」
ぼそりと、小さな声で奉理は呟いた。
「? 何か言った?」
「あ、ううん! 何でも無いよ!」
慌てて首を振り、奉理は大きく息を吸った。この後、静海が助かるか。そして二人揃って生きて戻れるかは、奉理の働きにかかっている。下手をすれば、二人揃って死ぬ。だが、今奉理が計画を放棄すれば、奉理だけは確実に生きて戻れる。少なくとも、今回は。
「……」
軽く首を横に振り、奉理は胸の上に手を遣った。
奉理も、介添人という立場上、普段は目にする事も無いような着物を着せられている。……とは言え、生贄の儀には姿を現さない介添人だ。生贄のそれと比べればずっとシンプルで、独りでの着脱も容易な作りになっている。
その容易な作りの、着物の合わせ目の下に。ピンク色の紐を通しただけの、鍵がぶら下がっている。お守りにと、妹の紗希から渡された家の鍵。
奉理が死んだら、きっと紗希は泣くだろう。奉理が鎮開学園に入ると決まっただけで泣き崩れた両親は一体どうなるのか……。
面会の時、静海の家族と、自分の家族がダブって見えた。この後、静海が生贄にされて、更にその後に静海の家族と会ったりしたら。嘆き悲しむ静海の家族に、奉理が死んだ時の奉理の家族の姿を見出したりしたら。自分が死んだわけでもないのに、家族が嘆く幻覚が見えたりしたら。
「……そんなのは、嫌だ……」
「……え?」
まじまじと奉理を見詰めてくる静海に、今度は首を振る事は無く。辺りを見渡し、人の目が無い事を確認すると、静海の耳元に口を近付けた。
「ちょっ……柳沼!?」
「静かに!」
動揺する静海を、小さな声で、しかし鋭く制する。思わずパッと手で口を覆った静海に、奉理は微かに頷いた。そして、再度辺りに人の目が無いかを確認する。
「……静海、今から言う事を、よく聞いて欲しいんだ。上手くいけば、静海の事、助けられるかもしれない」
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