第11話
林の奥へと進み、奉理は目を丸くした。鬱蒼とした木々の合間に、不似合いなコンクリート造りの小屋がある。小屋と言うよりは、屋上などにあるペントハウスに近いかもしれない。元々は扉があったのかもしれない細長い開口部の奥は夕方という時間も相まって真っ暗で、よく見えなかった。
「ここは……?」
知襲は困ったように肩をすくめ、小屋を眺めた。そして、しばらくの間言葉を探す素振りを見せた。
「うーん……何て言えば良いんでしょう? ……秘密の迷宮、といったところでしょうか? ……そんな謎めいてロマンチックな場所じゃないんですけどね……」
どこか自嘲気味に言いながら、知襲は小屋の中へと足を踏み入れる。全くためらいを見せないその様子に、奉理は慌てふためいた。
「あ、ちょっと! 勝手に入ったりしたら……」
「大丈夫ですよ。ここに来る人は滅多にいません。それに、元々ここは、私の家みたいなものですから」
「え? 家? ここが!?」
それ以上は何も言わず、ただ微笑んで知襲は奥へと進んでいった。一人この場に取り残される事が不安になり、奉理は慌てて後を追いかける。
「ちょっ……待ってよ! 君は一体……」
小屋の中へと足を踏み入れて、数歩進んで。そこで奉理は、体のバランスを崩した。危うく転がりそうになったところを何とか踏み止まり、呼吸を整えてから足元に目を凝らす。
「……階段?」
暗闇の中に、白い階段が浮かんで見える。どうやらこの小屋の下には、かなり深い地下室が存在しているようで。白く長い階段は、闇の中へと段々沈んでいき、終わりを見る事はできない。その階段を、知襲は慣れた足取りでどんどん下っていく。時折足を止めては振り返り、奉理がついてきているかを確認しているようだ。
「ま、待って……!」
転げ落ちないように気を付けながら、奉理は急ぎ足で階段を駆け下りた。すると、知襲は安心したようにどんどん前へと進んでいく。心なしか、移動速度も上がったようだ。
駆けて駆けて、下って下って。階段は蛇腹状になっているのか、時々ターンして。また駆けて、駆けて。下って、下って。どれほどの時をそうしたか。
やがて奉理の目に、四角く切り取られた灯りが映った。どうやら、あそこで階段は終わりのようだ。
知襲は躊躇無く灯りの中へと飛び込み、奉理もそれに続く。
薄明るい世界の中に足を踏み入れ、奉理は目を見張った。そこには、学校があった。比喩ではない、学校だ。
奉理が階段から入ったのは、土間。簀子と下駄箱で埋まっている。土間から一段上がった場所は板張りの廊下になっていて、片側には引き戸、もう片側には窓がいくつも並んでいる。ただし、窓の外は真っ暗で何も見えない。
奉理は、廊下に並ぶ引き戸の一つに近付き、小窓から中を覗いてみた。四十近い数の机が並び、黒板が壁にかかっている。どう見ても教室だ。
同じような教室がいくつか続き、他に保健室や職員室と思われる部屋もあった。どの教室も、中を確認する事ができる程度には薄明るい。
いつどこから生徒が飛び出してきても不思議ではないが、ひと気は無い。夢かとも思ったが、触れてみればガラスや金属の冷たい手触りも、木材の木目も感じられる。間違いなく、これは現実だ。
「何で、こんな地下に学校が……?」
「元々、この辺りは平地で、そこに小さな学校が建っていました。ですが、ある時、学校は埋められ、山となり。そしてその上に、今の鎮開学園が建設されたんです」
不思議そうに辺りを見渡す奉理に、知襲は淡々と説明して聞かせた。その話に、奉理は首を傾げる。
「一体、どうしてそんな事に?」
知襲は答えず、曖昧に微笑んだ。そして「こっちです」とだけ言うと、奥の方へと進んでしまう。奉理は、もやりとした気分を抱えながらも、後に続く。
廊下を奥へ奥へと進んで行って。幾度か角を曲がり、元々は渡り廊下だったと思われるトンネルを潜って。やがて二人は、ある教室の前まで来た。
奉理が視線を上へとやると、理科室、と書かれたプレートが下がっている。キョロキョロと視線を動かすと、更に奥には階段が見える。壁には、階上を示す矢印と、体育館、と大きく記されたプレートが貼られていた。どうやらここは特別教室棟で、一階だか二階だかには理科室や家庭科室、図工室が並び、更に上階には体育館があるらしい。
知襲を見れば、これ以上歩こうとする様子は無く。奉理と理科室の扉を交互に見詰めている。
「……ここって理科室だよね? ここに、化け物を倒す力があるの? そんな風には見えないけど……」
戸惑いながら声をかければ、知襲はやはり曖昧に微笑んで、頷いて見せる。
「私の記憶と勘が正しければ、ここにあるその力で、柳沼くんのクラスメイトを助ける事ができるはずです。……もっとも、上手くいくかどうかは、柳沼くん次第ですけど……」
「勘って……。それに、俺次第って……?」
奉理は、困惑しながらも理科室の扉を開けた。
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