第3話
人肌のぬくもりが胸の空虚をひととき忘れさせてくれることに気付いたのはいつだったか。
褥の中でそれを翡翠に与えられながら、人の世ではこれを『甘え』と呼ぶのだろうかと、桜の君はぼんやり思っていた。
「何考えてるの?」
背後から抱きしめる腕がふっと緩んで、かすれた翡翠の声が耳を撫でる。
「何も。ただ、桜を眺めておっただけじゃ」
望月に照らされて闇に白く浮かび上がる桜の木々は、まるで自身が光を放っているかのようだ。
「桜を植えたの、失敗だったかな」
沈黙でその先を促せば、微かに翡翠が笑む気配がした。
「だって、君の花の方がどうしたって綺麗だ」
歩狼隊が駐屯している糸庵院に、翡翠は毎日のように足を運んでいる。今は糸庵院の糸桜――桜の君の本体も、満開の花をつけているはずだ。
「君の美しさは、俺が手に入れてはいけないものだったような気がするね」
ぽつりと、胸の空虚に落とされた言葉に、桜の君は静かに目を瞬かせる。
「なぜ?」
「破滅へと導くうつくしさ、だと思うから……だよ」
妙にゆっくりと吐き出された言葉に、桜の君は肩を揺らして笑った。
「案外陳腐なことを言うのじゃな」
「俺は思ったことを言っているだけだよ」
そうだろうなと桜の君は思う。生き様からして到底正直者ではあり得ない翡翠だが、なぜか桜の君に対してはその心情を偽ったことがないように思えるのだ。
「君は孤独なひとだよね」
翡翠が低く呟く。噛みしめるような言葉も抱きしめる腕もあまりにも優しすぎて、桜の君はふいに叫び出したいようなもどかしさに襲われた。理由のわからない衝動を押し込めようと静かに瞳を閉じれば、月明かりも消えて世界は大地の下のようなやわらかい闇に沈む。
「君のようなひとはどこにもいない。君は、君だけだ」
千年も前にまだ種子だった頃、こんな風に暖かな闇に抱かれていた。静かに息をついて心を静め、半ば独り言のように紡がれる翡翠の声に耳を傾ける。
「君と俺は同じものを見てるのかな。それとも、少しずつ違うのかな」
微かに翡翠の腕に力がこもった。瞳を閉じて、視覚以外の感覚に集中していなければ気付かなかったほど、微かに。
「俺は……小さい頃、みんな同じものを見れば同じように見えるものだって信じてたよ。俺に見えているものを見ることができない人がいるなんて、どうしても理解できなかった」
感情のいろもなく淡々と続けられる言葉には、幼い頃から心の中に飼ってきたのだろう空虚が滲んでいた。
「違うのじゃろうな」
同じかもしれない、と、心の中で想う。己の中の
「妾が人の身を借りるのは二度目じゃが、この目に見える景色は前とは違っておる」
うっすらと瞳を開けて、抱きしめる翡翠の腕に愛撫を返した。
「何かに触れる感触も、以前とは何もかもが違う」
「そう……。何だか、寂しいね」
今度は明確に、強く――すがりつくように、翡翠は桜の君を抱きしめた。
「お主は弁が立つ割に言葉が足りぬな」
心地よく身を任せながら、桜の君は微笑む。
「どういう意味かな」
不思議そうな声に声を殺して笑う。
「寂しいのは愛ゆえであろう。妾を愛していると認めてしまえば良いのじゃ」
「……愛してるよ」
わずかな逡巡の末に、翡翠はささやくように敗北を認めた。
それでも、きっと最後には翡翠は桜の君を選ばないだろう。そして桜の君にとっても、翡翠は結局、食い殺すべき獲物でしかない。
翡翠の腕の中、桜の君は慈愛と諦念が複雑に混ざり合った微笑を浮かべた。
桜の君が人に身をやつすことになったのは、翡翠が黎京の郊外で宰相の地位を要求しているさなかのことだった。
人の世が騒がしいことは、糸庵院の庭から動くことがない糸桜にもわかっていた。興味がなかった人の世に関わることになった原因は、桜を訪ねてきた一人の娘だった。
声をかける気になったのは、なぜ、今、この場所、この時刻に人間の娘がいるのかと疑問に思ったからだ。
日没と日の出のちょうど合間の時間を、黎京の人間は逢魔が時と恐れている。まして月もない今宵は、確かに妖と呼ばれる者たちにとっては最も活動しやすい条件にあった。そんなときに、人を喰うと噂されている六条糸庵院の糸桜を訪れる者などそうはいない。糸庵院の石庭には、その娘と枝垂れ桜の影だけが、星明かりにうっすらと浮かび上がっていた。
――妾に用か、娘――
風にざわめく花擦れの音に言葉を乗せた。じっと俯いていた娘が顔を上げる。
美しい娘だった。よく手入れの行き届いた長い黒髪に、白磁のような肌。泣きはらしてはいるが涼やかで切れ長な目元。何よりもこちらを真っ直ぐに見上げる瞳が、強い意志と透き通るような儚さを同時に宿して印象的だった。
娘は白無垢の花嫁装束を纏っていた。
「私を喰らいなさい。桜の鬼よ」
断固とした口調で娘は命じた。
「そして私に成り代わりなさい」
強い魂のきらめきが、糸桜の魂を震わせた。黎京を流れる龍脈が衰え、同類たちが次々に姿を消す今の世にあって、娘が持ちかけた取引は糸桜にとってそれは魅力的なものだった。娘の魄を喰らえば、数年は寿命が延びることだろう。
だが、悦びを押し隠して桜の君は尋ねた。
――
「滅ぼさねばならぬ者がいる」
静かな声で娘は言った。
「その者を殺すため、そなたの力を借りたい。代償は私の命と身体。それでは足りぬか」
殺意など感じられない、静かな声だった。ただ身を切るほどの緊迫感が娘の全身から放たれているようで、糸桜は微かに梢を震わせる。
――誰を殺せと?――
「歩狼隊の
弓を引き絞るようにぴんと張り詰めた空気を纏い、娘は言葉の矢を解き放った。
翡翠は気付いているだろう。愁恕が何のために翡翠に嫁がされたのか。人ならぬものである桜の君がなぜ愁恕の身代わりになって翡翠に近付いたのか。
それを知ってなお桜の君を側に置くのは、翡翠の酔狂さの現れか。あるいは彼も厭いているのだろうか。彼の見た未来を理解することもなく、目の前の利益にばかり汲々とする人間たちに。
翡翠の心の内はわからない。それがわかるまで待ちたいと願うのは、翡翠の死を願った愁恕と彼女の父にとっては許し難い裏切りであり、桜の鬼にとっては――やはり、酔狂だった。
月が満ち、欠けるごとに、桜の君と翡翠は酔狂を重ねる。邸にこもりきりの単調な日々に飽きたなら、その瞬間に翡翠に喰らいつけば良いのだとわかっていながら、桜の君は一日一日をただ無為に繰り返した。
それが己の命を磨り減らす行為だと知りながら。
そして、また春は巡る。
糸庵院の糸桜を見に行きたいと、桜の君は翡翠にねだった。己の言葉を違える行為と長い絶食は、糸桜から生きる力を確実に奪っていた。花をつける力があるうちに、もう一度見ておきたいと思ったのだ。
翡翠はずいぶんと渋ったが、結局たっての願いを断り切れず、糸桜が満開になった翌日、桜の君を伴って糸庵院を訪れた。
「血の臭いがするのう」
中庭に足を踏み入れた桜の君は、顔をしかめて袖で口元を覆った。
「今朝、裏切り者を処刑したからね」
桜の君に続いて中庭へ入ってきた翡翠が答える。石庭の枯山水に染み入るような、静かな声音だった。
「本当は……殺したくなかった」
低く呟く翡翠を、桜の君は肩越しに振り返る。
「妙なことを言うものじゃ。人は放っておけばまたいくらでも生まれてくる。裏切り者など生かしておいたところで何の益もなかろうに」
「そういう問題じゃないんだよ、桜の君」
まるで苦痛をこらえるかのように、翡翠の顔が歪んだ。
「人を一人殺すということだ。俺は……怖いよ」
「怖い?」
身体ごと振り向いて翡翠を見上げる。俯いた翡翠は苦しそうな表情のままだ。
「……そうだ。もしも、たとえばもしも君が誰かに殺されたとしたら、俺は君を殺した人間だけでなく、この世界のすべてを憎むかもしれない。俺が誰かを殺すということは、その誰かを大切に思っている人にそんな苦痛を味わわせるということだ」
低くかすれた声で一息に言い切って、翡翠はきつく瞳を閉じる。
「怖いよ。とても、怖い」
置き去りにされた子どものような風情に桜の君は足を踏み出しかけ、けれど結局その場にとどまったまま、短くため息をついた。
「それは、
「いや……俺の考えだよ」
翡翠は静かに瞳を開き、ゆっくりと、踏みしめるように桜の君に近付いた。
「わからぬな。お主は芳郡の反乱軍も黎京の兵士も、大勢殺して今の地位に上り詰めたのじゃろうに」
近付いてくる翡翠を、桜の君は真っ直ぐ見上げて言いつのる。
「そうだよ」
その視線を避けるように、翡翠は桜の君を抱きしめた。
「俺だ。俺が殺せと命じるんだ。反乱軍も、皇軍も……歩狼隊の裏切り者も。俺が命じて殺させるんだ」
今にも決壊しそうな感情の奔流を抑えるように、抱きしめる翡翠の腕に力が入る。どんなときも自制心を失わなかった翡翠が、初めて手加減をしなかった。痛い、と、どこか他人事のように桜の君は思う。
「三怜も……他のみんなも、どんどん平気になっていくんだ。誰を傷つけても、誰を殺しても、すぐに笑いながら冗談にしてしまえる。そんな風に、俺がしてしまっているんだ」
翡翠の声は震えていた。涙ではなく怒りが、どこにも行き場のない怒りが、胸の内を灼いて声を震わせる。
「ときどき自分が怖くなる」
ふいに、自分の指先が冷たくなっていくことに桜の君は気付いた。不思議に思って翡翠の指に触れる。同じくらい冷え切った指先に、気付く。
怖い、と、翡翠は言った。怖い、と、桜の君も思っているのだ。
「のう、翡翠よ。その弱さは危険じゃ」
恐怖に押し流されるように、桜の君は翡翠の背に腕を回し、すがりつくように抱きしめ返す。
「喰われるぞ」
知っているよ、と、耳の後ろで翡翠が答えた。
翡翠が人に呼ばれて去ってしまうと、桜の君は中庭に一人きりになった。咎める者がいないのを良いことに糸桜の根元に座り込み、目を閉じて境内のざわめきに耳を澄ます。普段の様子を知らないからには何とも言えないが、遠くを行き来する歩狼隊隊士たちの様子は妙に浮き足立っているようだった。
糸桜に戻ったつもりで心を無にすれば、人々の営みは薄絹を一枚隔てたように遠くぼやけて感じられる。中庭へ足を踏み入れる者はいない。翡翠が人払いをしてくれているのかもしれない。
ふと気配を感じて顔を上げると、いつの間に来ていたのか目の前に四狼が立っていた。四狼の気配は人間のそれとは違い、周囲に溶け込むようで読み取りにくい。
「どうした? 妾に用か?」
「いえ……」
四狼は気まずげに口ごもるが、桜の君が首を傾げて先を促せば、気を取り直したように口を開く。
「三怜さんに部屋に戻れと言われたのですが、落ち着かなくて」
「妾は常の様子を知らぬが、やはり何か起こっておるのか」
わかりません、と、四狼は首を横に振った。
「翡翠さんや三怜さんを始め、幹部の方々が今広間で話し合いをしているところです。方針が決まれば教えてもらえるのでしょうが、今は何も……」
不安げに広間があるのだろう方へ向けられた瞳には、かつて同族の滅亡を語ったときには見せなかった寂しさが仄見えた。三怜を案じているのだろうその姿に、桜の君は小さく苦笑する。
「ここは静かじゃな。誰の
「皆、敬意を払っているのです。この庭の、糸桜に。庭を荒らさぬよう、普段は極力立ち入らないようにしています」
驚きに目を見開く桜の君に、四狼は「そんなに意外でしょうか」と、困ったように微笑した。
「桜は歩狼隊の方々も好んでいます。御桜殿に悪戯を為そうなどという不届き者はいないでしょう」
「桜を好むか。そのような風流な者たちには思えぬが……。何か理由でもあるのか?」
無風流な榛京訛りで怒鳴り合い、若者らしい遠慮のなさで小突き合う歩狼隊の隊士たちを思って、桜の君は首を傾げる。
「はい。潔く散り行く様が、武士の魂に通ずるのだそうです」
「わからぬな」
手を伸べて、舞い落ちる花のひとひらを片手に受ける。
「桜は散っても枯れはせぬ。あやつらのような、簡単に命を捨て去る者どもと一緒にされるなど」
花片をきつく握りしめた。薄い花片は握り込んでしまえばそこにある感覚すら朧気で、ただ手のひらに爪が食い込む感覚だけが痛い。
「そんなことをせずとも、人も神も簡単にこの世から消えてなくなるというに……」
「御桜殿、どうされました?」
四狼が訝しげに尋ねかけてくる。桜の君は自分の痛みに精一杯で、それに答えることができない。
痛いのは、胸の内だ。肉体の痛みなど、桜の君にとっては大した意味を成さない。ただ翡翠の言葉だけが、心を切り刻んでいった。
「泣いているのですか?」
慌てた様子の四狼に、ゆるゆると首を横に振る。
「妾は厭いたのじゃ。繰り返す春に。消えていく同胞たちを見送ることに」
握りしめていた手を開くと、花片は手の中で薄黒く変色していた。
「妾は喰えぬのかもしれぬ。翡翠を……」
「御桜殿」
まるで自分自身が痛みをこらえてでもいるように、四狼の表情が切なく歪む。桜の君は四狼を見上げ、無理矢理微笑んで見せた。
「四狼。お主はやはりあの男を……三怜を好いておるように見えるのう」
はっと目を見開いた四狼が、ゆっくりと俯く。
「三怜さんは私の
抑えた声音に滲むのは、それでも隠しようのない思慕の情だ。
「当然のこと、か」
桜の君は手を傾け、軽やかさを失った花片を地面に放してやる。
「当然のことと言うならば、我らのような妖は人と交わらぬのが当然のことじゃ。愚かなことじゃよ、四狼。人ならぬものが、人を愛するなど」
地面に滑り落ちた花片は、すぐに他の花片に覆い隠されて見えなくなった。
「人はすぐ死ぬ。我らとは違う」
「ですが御桜殿」
焦燥に急き立てられるように、四狼が一歩踏み出す。
「私たちの命も尽きかけています。私は母のように長くは生きられない。もしかしたら、人の寿命より、私が消えてしまう日の方が近いのかもしれない。だから……」
俯いて唇を噛みしめる四狼を、桜の君はじっと見上げた。
「だから、一人ではいられない、か」
ぽつりと落とした言葉が、石庭に描かれた波紋に吸われて消える。
「人が群れ集うのは寿命の短さゆえなのか……妾にはわからぬが」
言葉を不自然に途切れさせて、桜の君は立ち上がった。すべての人間から忘れ去られたような中庭の静謐な空気を、何者かの忙しない足音が乱す。
「四狼! 出兵だ。すぐに用意を始めろ!」
庭へ続く回廊からの、静寂を切り裂くような凛とした声音に、四狼がさっと姿勢を正した。
「はい! 三怜さん」
にわかに動き出した時の流れに、桜の君は瞳を細める。
「御桜殿。お話の途中、申し訳ありません。失礼します」
「構わぬ。……武運を祈っておるぞ」
頭を下げる四狼に、鷹揚に頷いて見せた。四狼は袴の裾を翻して三怜の元へと走っていく。その背を見送りながら、桜の君は小さくため息をつく。また戦いになるのかと思えば、重く鈍い痛みで頭の中が覆い尽くされていくような心地がした。
四狼が去った中庭で、桜の君はまたぼんやりと喧噪を聞き流す。混乱していた物音は次第に統制の取れた足音へ束ねられ、やがて水を打ったような静けさに取って代わった。
「桜の君」
静寂を破ったのは、不自然なほど落ち着き払った翡翠の声と足音だった。
「出兵と聞いたが、何があったのじゃ?」
桜の君は顔を上げ、こちらへ向かって歩いてくる翡翠を迎える。
「芳郡が攻めてきたんだよ」
糸桜の枝の下に入ることなく怜悧な笑みを浮かべた翡翠には、もう先ほどの恐怖の影は見えない。何でもないような口調には、余裕さえ感じられた。
「少し前から芳郡が軍備を整えているという情報は得ていた。長老院の許可が下りなくて今まで何の対処もできなかったけれど、向こうが攻めてきたのなら長老院も動くなとは言えない。自分たちの命もかかっているからね」
ふと笑みを消した表情にも迷いはない。淡々と話し続ける翡翠の瞳は、ひどく冷たい光を湛えている。
「ただ、気になることもある。動きが速すぎるんだ。こちらが準備を整えるまで、まだ時間はあるはずだった。以前の反乱とは違う。今の彼らは訓練の行き届いた兵士だ。行軍の速度も違うのかもしれないけれど……」
翡翠の言葉が途切れた。何を案じているのだろうかと、桜の君はじっと続く言葉を待つ。
「桜の君、俺は今夜はここに詰めるよ。君も邸には戻らない方が良い。もしも予感が当たっていれば、ここも戦場になる」
今夜翡翠が戦うのだとすれば、その場合の『敵』は芳郡からやってくる敵軍ではなく、嘘の情報をこちらに伝えた黎京側の誰か、ということになるのだろう。
愚かなことだ。芳郡の軍がこちらに迫っているのは間違いないというのに、今黎京の中で争うなど。翡翠が倒れれば、いったい誰が芳郡の軍勢から黎京を守れるというのか。
今争うことの愚かしさは翡翠にもわかっていることだろう。それでも止められないのなら、今彼にできることは生き延びることだけだ。
「ならば妾はこの庭にいよう」
糸桜の幹にゆったりと寄り添いながら、桜の君は薄い笑みを浮かべる。
「ここが戦場になろうとも、妾を傷つけられる者はおらぬ。お主もここにいてはどうじゃ? 守ってやるぞ」
衰えたとはいえ、この場所に人を寄せ付けずにおくことくらいならばまだできる。けれど翡翠は困惑したような苦しげな微笑を浮かべて首を横に振った。
「妙なことを言うんだね。君は俺を喰らいに来たはずなのに」
桜の枝の向こうに立つ翡翠がふいに遠ざかったような心地がした。翡翠の考えていることはわかるのに、彼がそれをどう感じているのかがわからない。
「やめておくよ。人の欲望はたぶん、君が思っているよりも強い。敵が俺を探すなら、君がどんな結界を作ってもきっとここに侵入してくるだろう。そうなったら、君も危険にさらすことになる」
翡翠は、ゆっくりと、嘘のように綺麗な微笑を浮かべる。
「全部終わったら迎えに来るよ。君はここにいて」
すべてを拒絶するような隙のない笑みは、桜の君から言葉を奪った。
「じゃあ、また後で」
「ああ。……またな」
その返事を絞り出すだけで、精神力を根こそぎ奪われるような心地がした。
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