その4

 彼女が私の隣から彼女がいなくなってからすでに5年が経っていた。

すでに、大学を卒業し社会人となっている。

当時の私は彼女がいなくなった事で酷く動揺していた。

朝のホームルームで彼女の転校が告げられたとき世界が暗転したような衝撃を感じたほどだった。

それは、彼女と交際しているという精神的な繋がりからまさか何も話をしてくれないだなんて思いもしなかった。

当然彼女に連絡を試みるもそれから繋がることはなかった。

それどころか、機械的な音声アナウンスが流れるだけだった。

何も話してくれず、何も教えてくれず。

後から担任の先生にどこに引っ越したのか確認しようとしても結局個人情報だからと教えて貰えずじまいだった。

いっその事私たちの関係を打ち明けようかとも思ったけど、やめた。

彼女との日々は結局なんだったのだろうか。

付き合うことに意味なんてないのかもしれないし、意味を求めるものでもないのかもしれない。でも私にはこれまでの日々が何にもならない無為な時間だったなんて思いたくなかったのかもしれない。

しかし現実として彼女は私の前からいなくなった。

何も語らずに。

そうして私は彼女のいない高校から大学にかけての学生生活を送る事になったのだった。

 大学に入学した当初はまだ彼女がいなくなってしまったショックが抜けきっていなかった。でも時間は残酷なもので、大学で同期と過ごしているうちにそのショックや悲しみもなんだかんだと言って少しずつ忘れていくのだった。

そんな自分に若干の嫌悪感すら抱きつつ日々を過ごす。

その嫌悪感すら時間とともに忘れ去られていく。

そうこうしているうちに大学も卒業した。

彼女と出会ったような運命を感じることもなくあっという間に終えた。

そうして社会人にまでなった。

 社会人になったところで何も変わることはなかった。

むしろ学生の頃よりも退屈な毎日を送っていた。

朝になれば出勤して作業をこなしつつ時間になれば帰宅し寝る日々。

そのような状態でも、たとえショックや悲しみを忘れてしまったとしても彼女がいたことを忘れたことはなかった。

 そんなある日のことだ。

滲んだ汗と蝉の鳴き声が大きく煩わしさを感じるそんな時期のことだった。

会社の同僚との会話で耳を疑った。

というのも彼女の名前が挙がったからだった。

それはほんの偶然だったのだろう。自分の聞き間違いとも思った。

しかしやはり聞き間違いではなかった。聞き間違えるはずもなかった。

鼓動が激しく脈打つのを感じた。手に汗が滲んでいくのがわかる

彼女の足取りをつかめた。もしかしたら再会できるかもしれない。

同僚に問い詰めたい気持ちを必死にこらえて彼女のことを聞き出す。

話を聞くと彼女は九州地方に引っ越したらしかった。

私が当時北関東に住んでいた事を考えると偶然で再会することなどほぼありえない距離だった。

学校では家庭の事情と説明していたらしい。

転校した先では受験を理由にクラスメイトとあまり積極的に関わろうとはしなかったらしい。話しかけられれば返事を返してくる。

その程度の付き合いだったらしい。

 適当な事情をでっち上げ彼女の連絡先を聞き出すことに成功した。

転校する前の友達で携帯が壊れた時に彼女の連絡先が消えてしまったと行ったら疑う様子もなく簡単に納得してくれた。

引っ越した時に携帯を変えているのだろう。

消せずに残っていた彼女の番号とは違っていた。

新しく教えてもらった彼女の番号に情報を上書きすると一刻も早く連絡を取りたいという、はやる気持ちを抑えて会社での業務を終えた。

それから帰宅した後に電話をかけることにした。

落ち着いてから携帯に映された彼女の番号を眺める。

一つ深呼吸。

彼女と会えるかもしれないという期待ともしかしたら完全に彼女に捨てられてしまったのではないかという不安感が胸を支配する。

気持ちの悪い汗が首筋を伝う。

液晶に表示された彼女の番号に触れる。

プププという音の後に呼び出し音が流れる。

1回、2回、3回と呼び出し音が鳴り続ける。

そして。

彼女は電話には出なかった。

無意識のうちに大きなため息が漏れていた。

私の番号は変わっていない。

もしかしたら私の番号を確認した上であえて電話に出ていないのかもしれない。

そんな事を考えていると唐突に携帯が振動し始めた。

目を疑った。

液晶には彼女の名前が表示されている。

携帯を持つ手が緊張で震える。

着信に応える。

電話に出る声が震える。

「もしもし」

電話の向こうの彼女も応える。

『久しぶり・・・・・・ね。』

懐かしい彼女の声に涙が出そうになる。

声を聞くまでは彼女に色々と聞きたいこともあった。問い詰めたいこともあった。

でも声を聞いたらそれもできなくなってしまった。

今喋ると涙声になる。

 そんな心情に察しているのかいないのか若干の無言の後に彼女彼女が語り始めた。

『何も言わずにいなくなってしまったのは謝るわ。ごめんね。こんなので許してくれるとも思わないけどこれだけは言わせて欲しかった。』

まさか彼女に謝られるとも思ってなかったので少し驚いた。

それからしばらく彼女の話は続いた。

『学校で引っ越したっていうのは聞いていたと思うけどそれは本当なの。引っ越しの前にあなたに伝えておこうとも思った。でもできなかった。あなたと離れ離れになったら気持ちまで離れてしまうような気がして。それを宣言してしまうような気がして。結局私はあなたの気持ちも私の気持ちも信じきることができなかった臆病者なのよ。幻滅させてしまったわよね。』

黙って彼女の話に耳を傾けていた私は声を出すこともできなかった。

涙を堪えていたからではない。

彼女に信じてもらうことが出来なかった。

その事実が胸に深く突き刺さっていた。

気持ちの整理が追いついていない。

でも1つだけ確かなことがあった。

「会いたい。会いたいよ。今どこにいるの。何してるの。なんで今まで連絡くれなかったの。私番号も変えずにずっと待ってたのに。声を聞きたかった・・・・・・。ずっと・・・・・・会いたかった。」

気持ちが溢れる。

ずっと胸の内に秘めていた感情が、堰を切ったように溢れる。

彼女はただ黙って聞いているようっだった。

電話の向こう側で彼女の呼吸を感じる。

確かにそこにいるんだと実感とともに安心感が湧く。

『ごめんなさい。あなたに責められるのが怖くて電話できなかった・・・・・・。これも言い訳にしかならないわね。・・・・・・私もあなたに会いたかった。』

彼女に想いを告げられる。

また泣きそうになっていた。

いや、もう泣いていた。

耐えられるはずもなかった。

それから私が落ち着くまで彼女は待ってくれた。

『明日は週末だし空いてるかしら?』

即答した。

明日、彼女と再会する。

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アイノハテ 雑炊 @ax2isx2k

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