クラスの人気者、八枯境の場合。
「はあぁぁぁぁ…………」
「……どうしたの? わかりやすく落ち込んで」
うちのクラスには学年を代表する、いわゆる『人気者』が二人もいる。
そのうちの一人が彼女だったわけだが……もう一人が、今ここで机に突っ伏して大きなため息を漏らしている、
眉目秀麗、文武両道という絵に描いたような傑物。女子からの黄色い声を一身に受けるのはもちろんのことながら、男子生徒からの評価も不思議と高い。出すぎた杭は打たれない、とは聞くが……ここまで出っ張っていれば、少しは引っこ抜きたくなるものじゃないのだろうか。
ちなみに、八枯のことが嫌いだと公表している唯一の人物があの楯加部だ。もっとも、八枯は『虐めちゃダメな奴』に分類されるらしいが……。楯加部も、さすがに学校中を敵にまわすつもりはないらしい。
で。
冗談みたいに高性能で、四六時中クラスメイトに囲まれているような人物が――どうして、たった一人で机を相棒にして悶えているのだろうか。
「んぁ……あぁ、卯城。元気?」
「まあ、八枯よりは……」
「そうかそうか。それは何よりですなぁ」
にへら、と腑抜けた笑顔を向ける八枯。
「オレはさぁ……ちょっとへこんでんだ」
「うん、知ってる。見てたらわかる。だから、どうしたのって訊いてるんじゃないか」
「んー……」
……腑抜け切ってるじゃないか。
いつもの突き抜けた明るさはどこへ行ったのか。李塔先生とはまた違った様子で、八枯も落ち込んでいるということか。
「那奈代さんのことでしょ?」
「おぉ、よくわかったね。卯城って実はエスパー?」
「それ以外に思いつかないし……。でも、あれ? 八枯って那奈代さんと仲良かったっけ?」
「え? ……むしろ逆?」
「だよね?」
八枯と彼女の仲が悪い――というか、八枯が彼女を一方的に敵視していたというのは有名な話だ。
毎期の試験に体育のマラソン、果ては弁当の豪華さに至るまで、なにかと勝負をしかけては結草さんに追い返される……なんて光景を、僕も何度か目にしたことがあった。人気を二分している相手への、ライバル意識というやつなのだろうか。
だからこそ、八枯が落ち込んでいる理由が、僕にはわからない。
ライバルがいなくなった、と喜ぶような人間でないことは知っている。けれど、仲の悪い人間の死に対してここまで落ち込むほど、メンタルが弱いわけでもなかったはずだ。
「八枯は、那奈代さんが嫌いなんじゃなかったの?」
「違う。嫌いじゃない、むしろ好き。大好き」
――キッパリと。
八枯は、そう言い切った。
「卯城は、漫画読む?」
「え? まあ、人並みには」
「オレ、少年漫画が大好きでさ。『友情! 努力! 勝利!』みたいな。良き仲間と、良きライバルと切磋琢磨する熱い展開とか、超憧れてるわけ」
良きライバル――彼女のことか。
「別にオレは、那奈代のことが嫌いだから張り合ってたわけじゃないし、勝ち負けとか優劣に拘ってたわけじゃない。なんていうか……オレは自分がもっと上に行けると思ってたし、那奈代もそうだと信じてたんだ。二人で競い合って、お互いを高め合っていく――そんな関係になれればなって、そう願ってたんだよ」
「……つまり、敵視していたんじゃなくて、八枯と那奈代さんのお互いのレベルアップのためにと思って、勝負を挑んでたってこと?」
「そういうこと。……まあ、委員長のせいで、その願いは叶わずじまいだったけどねぇ」
八枯が求めていたのは、互いを尊敬し、共に競い合い、並んで磨き合う最高のライバルだった。
けれど、八枯ほどの人物となると、並び立てる者はそういない。
きっと……今までずっと探し続けていたのだろう。そんな時、彼女が現れた。才色兼備の優等生で、学校中の人気者。八枯と同じ位置にいる、数少ない人物のうちの一人。
彼女に出会えた時の八枯の喜びは計り知れない。
そして、彼女を失った悲しみも……ありふれた存在でしかない僕には、一生理解できない感情なのだろう。
「那奈代さんってさ……小学校の先生になりたかったらしいよ」
なんとなく教えなくてはいけない気がして、先ほど得たばかりの情報を伝えた。
「へぇ……知らなかった。いいなぁ、先生って。オレも目指してみようかな」
「いいの? そんな決め方で将来を決めて」
「そりゃ、全然いいでしょ。だってさ――那奈代の選んだ職業だし」
「――――――――」
ライバルとして、一人の人間として。
八枯が彼女を絶対的に信頼していたのだということを、その一言で確信した。
「八枯は……那奈代さんが好きだったの?」
「さっきそう言ったじゃん」
「どっちの意味なのかなって。ライクなのか、ラブなのか」
「そりゃもう、ラブもラブ。ラブラブ愛してるー。だからきっと、オレは那奈代に自分の良い所を見せたかっただけなんだ」
そこで八枯は初めて、少しだけ恥ずかしそうに笑った。
「そういう点で言えば、卯城もオレの良いライバルになりそうだったんだけどなぁ……残念」
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