耳へのキス 誘惑

第7話 彼女はヤンデレが好きすぎる

「……ていう、夢をみたんだー」

「…………あ?」


 「すっごいお話があるから一緒にご飯食べよ」って言ってきたのでわざわざ時間空けたっていうのに、このお花畑は長々と何を言ってやがるんだ?


「いいよね!吸血鬼ヤンデレ!!囲われるほど愛されるってやっぱり女の子の夢だよね!シチュエーションも萌えるし!」

「お前の頭が燃えてしまえ」


 こいつの「すっごいお話」がこれだったのか?解せぬ。なおも語っている真理子を無視して、隣でひきつった顔をしている後輩に声をかけた。


「彰人くん、いますぐこいつと別れたほうが身のためだよ」

「はは、は……」

「それでね……って紗英ちゃんひどーい」


 口を尖らせてしなだれかかってくる。私は真理子の額に、デコピンをした。


「寄るな、変態」

「きゃうっ」

「わざわざ時間空けてやったのに、こんな話聞かされるとか思っていなかった。ふざけんなよ、私の受けた精神的苦痛を思い知れ」

「いたたたた……」

「大丈夫ですか、真理子先輩」


 真理子は痛さに身もだえていた。彰人くんも私と同じくらい精神的苦痛を受けたはずなのに、それでも真理子の心配をするなんてなんてできた後輩なんだろう。


「なんでこんな変態と彰人くんみたいないい人が付き合っているんだろ。お姉さんは理解できないよ」

「実習のときとかは、かっこよかったんですよ。えぇ本当に。……まさか素がこんな人だったとは…………」


 彰人くんは小さい声でがっくりしながら呟いた。私と真理子は学部が違うから分からないのだけど、実習や講義のときは別人みたいに優秀になるらしい。ちなみに真理子と彰人くんは医学部だ。なんで真面目で好青年の彰人くんと変人で問題ばかり起こしている真理子が付き合っているのかは本当に謎だった。


 彰人くんはともかく、真理子が医者になるとか危険すぎないかと思っている。外科医になったら「切り刻んであげるよハァハァ」くらい彼女はいいそうだ。私がどんな重い病にかかっても、絶対にこいつに診てもらいたくない。真理子がどんなに優秀であろうとも、彼女を知っている私としては論外だ。


「確かに私は変態だよ?」

「認めんな、バカ。反応に困るだろ、彼氏が」

「……」

「でも紗英ちゃんだって変態だよね?」

「は?」


 こいつ、何言いだすのだろう。私が変態だと?貴様と同類だというのか、え?頭が冷えるように、プールにでも沈めてやろうか。私は何か言ってやろうと口を開いた。



「この前、学生服の男の子と街を歩いてたよね?」



 その言葉を聞いた瞬間、私の頭は真っ白になった。


「私の出身校の制服だったから高校生かな?目がくりくりしてたすっごいイケメン!紗英ちゃんどんなに言い寄られても、誰にもなびかないからなんでかなーって思ってたんだけど、そのときすっごい納得した」

「な、なっ……」


 そして真理子は、さらなるキーワードを私にぶち落してきた。



「紗英ちゃんは『ショタコン』だったんだって」



「……紗英先輩」

「ち、ちがう!!」


 真理子は生暖かい目で私を見ている。同類を見る目だ。その横で彰人くんが信じられないといった顔をしていた。


「その子は家が隣なだけ!ずっと面倒見てきた子なの!!」

「その家が隣なだけの子と、ちゅーしちゃうんだぁ。紗英ちゃんやるー」

「────!!」

「ずっとおいしく育つのを待ってたのかな?さすがだね、紗英ちゃん」

「ちょっ」

「さぁて……紗英ちゃんは今いくつかなぁ?」


 引っかかるんじゃないの?『いんこうじょうれい』


「出してない!断じて手は出していない!!」

「なんでそんなに必死なの?そっか、『手を出された』ってかんじか……」

「あああああああああ!」

「紗英先輩!!」


 いたたまれなくなった私は、椅子ごと真理子を押し倒した。


「いたっ、紗英ちゃん何するの!?」

「落ち着いてください、紗英先輩!!」

「あんたに何が分かるんだ!!昔は天使だったのに、いや、今も天使だけど、天使だったのにぃぃぃ~」


 顔を覆った私は、そのまま崩れ落ちた。騒然となる周りなど気にしてられなかった。「どうしたの?」「いつもクールな宮本先輩が……」「また広瀬か」など、耳に入らなかった。


「……真理子先輩、謝ってください」

「え、今の私が紗英ちゃんに謝られる場面だよね?」

「紗英先輩には紗英先輩の事情があるんです。ほら、早く!!」

「う、うん。分かった……」


 彰人くんの迫力に押されたのだろう。この場はとりあえず、「紗英ちゃんごめんね」と謝ってくれたことにより何とか収まった。落ち着いたところで席に座る。


「紗英ちゃん」

「……何」

「さっき、紗英ちゃんが天使って言ってたの、あの男の子のこと?」

「…………そうだけど」

「真理子先輩、もう蒸し返さないでください」


 収拾がつかなくなるから。


「紗英ちゃんは友達だから、これだけは言っておこうと思って。……あの子たぶん、──私と同じだよ?」

「……変態ってこと?」

「うん。紗英ちゃん限定の。あと、たぶんヤンデレ」

「…………」


 真理子は人を見る目がある。「あの人ってきっと○○だよねー」って言っていたのを外したことはなかった。言い返す気力のなかった私はぽつり、と呟いた。


「天使って、なんだろうな……」

「それは私の従姉妹のことかい?」

「……そうだな……」


 真理子の従姉妹、ゆかりちゃんは、こいつと本当に同じ血が流れているのか疑問に思うくらい良い子だった。おっとりしていてとても可愛い。天使判定の厳しい私が天使だと認められるくらいには出来た子だった。……真理子も、黙っていればかわいいのだけれどな。


「地上に舞い降りた私の天使!!何があっても私が守る!」

「……もう少しであんただけの天使じゃなくなるけどな」

「は?」

「あ」


 しまった。


 無気力になっていた私は、思ったことを呟いてしまった。ゆかりちゃん命の真理子が、今と男といいかんじになっていると知ったら……。血の雨が降る。


「紗英ちゃん、その話、詳しく聞かせて?」

「……あー、えっと」

「私、ちょっとお茶買ってくる。待っててね」


 絶対だよ!!と言って真理子は席を立った。……許せ、宗也。口が滑った。お前の骨は拾ってやる。


「紗英先輩……何で新たな修羅場を作ったんですか。きっと大騒ぎになりますよ」

「すまん。これは失言だった。真理子は忘れてくれないだろうか」

「無理でしょうね……」


 私と彰人くんは2人そろってため息ををついた。


「あ、真理子がからまれてる」


 真理子が数人の男に声をかけられていた。彼女は色々と有名だったし、持ち前の明るさで色んな学部の人とつながっていた。余談だが、真理子は学部は医学部、見た目はかわいいので、彼女のことをまだ知らない男の子はよく勘違いして憧れを持っていたりする子が多かった。


(……お、もしかしてやきもちやいてる?)


 そっと隣をうかがってみると、彰人くんの眉間にしわがよっていた。……なんだかんだ言いながらも、彼は真理子が好きなんだな。いいものを見た、とこっそりニマニマしながらこれから起こるであろう尋問への現実逃避をした。




 しばらく真理子先輩の従姉妹さんの話をした後、紗英先輩は教授に呼ばれていると言って、学部棟に行ってしまった。


「ねぇ、今度吸血鬼ごっこしようよ」

「え……」


 真理子先輩は唐突に言った。……まだ、その話は続いていたのか。


「嫌ですよ、なんか痛そうじゃないですか」

「いや、痛いのはどっちかっていうと私のほうだから」

「……真理子先輩ってMですよね」

「さぁ、どうだろう?……ノーマルな子の嫌がっている顔を見るのが好きなだけだし」


 ……最後の言葉は心の中に秘めておいて欲しかった。真理子先輩は突然こういうことを言いだすから困る。俺にそんな趣味はないし、ヤンデレでもない。


「前縛ってくれたのは本当によかったよ。彰人の泣きそうな顔」

「……お願いですからやめてください」


 ここをどこだと思っているのだろうか。そしてそれは俺のトラウマだ。何が楽しくて好きな女の人を縛らなければならなかったのか、意味が分からなかった。そういえば真理子先輩はずっと愉快そうにしていたな。


 紗英先輩は「何かあったら私の携帯でも、警察でも連絡してくれ」と真剣に言ってくれた。DV相談室の電話番号を僕に握らせて。頼まれてする側でも相談できるのだろうか。……今度よく考えておこう。


 そんな考え事をしていたからか、真理子先輩はムッとした顔をして、気づいたときには俺の耳をがり、っと食んでいた。


「な……っ」

「ふふ、──いたずらだよ」


 可愛らしく微笑む彼女に眩暈(めまい)がする。そして……俺はきっと彼女のお願いを断り切れないだろう未来を想像できた。


 でも、でもですね、一つだけ言わせてください。


「……お願いですから、自重してください」


 ここ、大学の食堂ですから。


 突き刺さる視線が痛い。「リア充爆発しろ」「いちゃいちゃするな、バカップル」心なしかそんな声が聞こえる。



「そうだった、そうだった。ごめんね?彰人」と、謝っていても真理子先輩の顔はとても楽しそうだった。

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