首筋へのキス 執着
第4話 偽りの楽園(上)
この世界には人間の他に『吸血鬼』と呼ばれる種族がいる。
かつては人間との衝突も多かったそうなのだが、ある一件で人間と吸血鬼は手を取り合うことになった。それは、
原因不明の病の大流行──。
症状は高熱と赤いみみず腫れのような痣が全身に広がり、やがて死に至る。薬はなく、感染して助かったという話は聞いたことがない。老若男女関係なく人間がバタバタと死んでいった。その窮地を救ったのが吸血鬼の一族だった。彼らは取引を持ち掛けた。
『ここに病原菌を死滅させる薬がある。もし我々の存在を許容するのであればこの薬を渡そう』と。なす術がないところにやってきた一つの希望。頷かないという選択肢は、人間にはなかった。
それが数百年前のお話。
和解した当初は小競り合いやわだかまりがあったそうだが、時が経つにつれ吸血鬼も人間も普通に共存するようになった。彼らは皆美形で、能力も高いことから今ではあこがれの的であった。姿かたちは人間で、ちょっと血を吸うくらいだ。たいして変わりはない。その高い能力を使い、今では大企業の社長になったり国の中枢を担ったりと、吸血鬼優位な社会が出来つつあった。
血を吸うと言っても、彼らは不特定多数からランダムに吸う、という訳ではない。ほとんど相手は『ただ一人』だという。なぜなら、体内に別の人間の血が多く混ざり過ぎると気が狂ってしまうからだ。
その『ただ一人』、は吸血鬼が一目惚れした相手だという。彼らの性格、特性からその相手は大切に大切にされ、その相手を一途に愛するのだそうだ。なんともロマンチックな話だろう!なので、愛されたい系の女性や恋に恋をしている乙女たちからは吸血鬼の恋人になりたい、と誰もが一度は思うことだった。
まぁ、吸血鬼に見初められでもしないかぎり、長々と説明したこんな話は関係ないのだけれども。
関係ないと思っていたのだ。
♦♢♦
それは、長かった受験も終わり、生きてきた中で一番解放感あふれる春だった。友達はできるだろうか、講義についていけるだろうか、と新しい生活への期待と不安がごちゃまぜになった気持ちで大学のオリエンテーションに臨んだ。長い説明が終わった後、くたくたになった身体と頭でぼーとしながら人の流れに逆らわずに歩いていた。夕ご飯、何にしようなど考えていたその時、突然腕を引かれ、思わず腕の先を見た。一体どうしたというのだろうか。大学進学のため地方から出てきた私に知り合いはいない。
「──お前、名前は?」
そこにいたのは、髪を乱し息を切らしていた美しい青年だった。
♦♢♦
「あ、新入生だ。なんか初々しいね」
大学のラウンジでコーヒーを飲みながら外を眺めた。
「そうだね。すごいキラキラしてる」
「そのキラキラも1か月、2カ月したら……」
「やめてよ。雰囲気ぶち壊し」
「まぁまぁ。でも、ゴールデンウィークから来なくなる子とかもいるよね」
「…………」
私の前にいるおっとりした女の子はマナ。ちょっと流されやすいところもあるけど、とても優しい子だ。その隣の男はシュウで、ちょっとひねくれているいじわるな奴だ。そして私の隣で一言も話さずコーヒーをすすっている男はリオ。マナとシュウは恋人だった。
「もう4年生かぁ。早かったなー」
マナの言葉により、4年前の今頃に、思いを馳せる。腕を取られた後、何も分かっていない私に連絡交換を迫り、あれよあれよのうちにリオと恋人同士になってしまった。いや、別に後悔とかはしていないのだけれど、なんか仕組まれた感がハンパない。講義がないときは大体この3人とつるむことが多く、非常にゆるーいキャンパスライフを送っていた。
「こんなところでゆっくりしている場合じゃないけどね」
「どうして?」
「就活があるでしょ」
「え、何お前就活してんの?」
「当たり前じゃん」
「は?」
話に入ってきたシュウが、「お前何言ってんの?」という顔でこちらを見てくる。おそらく私もそんな顔しているのだろう。いや、君こそ何言ってんの。
「親のすねをいつまでもかじる訳にはいかないでしょ。卒業したら働かなきゃ」
「いやでもお前、」
「決まっているシュウとリオはいいけどさー」
「…………」
「あ、もうこんな時間!ごめん、私ちょっと行くね」
冷めてしまったコーヒーを飲み干して、私は席を立った。今日は就活相談の予約を入れていた。ちょっと急げば大丈夫かな?私は足早にその場を立ち去った。
「俺が口はさむことじゃないけど、いいのか?」
「…………」
シュウとマナが曖昧な顔をしていたことを、私は知らない。
シュウとリオは吸血鬼だった。シュウとリオが知り合いで、シュウの恋人のマナと知り合った。シュウは金髪に青い目、リオは黒髪に黒い目で対照的で、どちらもとてつもなく整った顔立ちをしていたので輪をかけて目立っていた。マナはともかく平凡な私が吸血鬼に見初められるなんて、思ってもみなかった。
リオは私のどこがいいのだろう。そう疑問に思っていた頃もあったが、無言ながらに一途に私だけをみつめる彼にまぁいいか、とほだされてしまった。吸血鬼といってもただハイスペックなイケメンに時々血を吸うというオプションがついているだけだし。ほだされていた。
そのころの私は見事に吸血鬼とは何なのかを分かっていなかった。
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