胸へのキス 所有
第3話 兄弟たちの恋愛が昼ドラすぎて笑ってたら自分もそれどころではなかった件
「こんにちは」
インターホンの音がして、ドアを開けたら女の子がいた。
「ももちゃん久しぶりだね。どうしたの?」
「家庭科でクッキーを焼いたの。いつもお世話になってるから、お礼にって思って。みんなで食べてね」
「おお、ありがとう!」
おずおずとクッキーを差し出す彼女は大変かわいらしい。この女の子は桃花、俺の弟の幼馴染だけど、実の妹のように可愛がっていた。むしろ弟たちよりもかまっていたかもしれない。
「力也と純也がいればよかったのにな。力也と純也はまだ学校だし」
「そうなんだ」
「ももちゃんが来るって分かってたら飛んで帰ってきて……純也からだ、ちょっとごめんね」
ポケットに入れていたスマホが震えたので、ことわりを入れてから電話に出る。画面には純也の名前が表示されていた。
「純也、どうした?」
『……実桜と勉強がてらファミレスで飯食ってくるから夕飯いらない』
「お前なー、そういうこと早く言えよ。もう作っちまったじゃねぇか」
『そういうことだから。じゃ』
「おい、切るな純也──ったく。……あ、そうだ!ももちゃんご飯食べてきなよ。純也がご飯いらないって言ったから、よかったらだけど」
「うーん。でもみーちゃんも帰ってくるし……」
「みおちゃんも純也と一緒だって言ってたから、ももちゃんにも連絡きてるんじゃない?」
「え……」
俺の言葉に桃花は目を見開いた。彼女のその様子を見て、今更ながらにしまったと思った。桃花の動揺は一瞬だけで、いつもの笑顔に隠されてしまった。彼女は携帯を確認して言った。
「……本当だ、連絡来てる。──じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
「そうこなくっちゃな。上がりな上がりな」
俺も気づかない振りをして彼女を家に上げた。そしてこっそり溜息をつく──この子はまだ、純也のことが好きだったんだな。
「いただきまーす」
「いただきます」
「おう、たんと食べな」
力也が帰ってきた後、3人で夕食をとる。俺たちの両親も彼女の両親も共働きなので、帰りは遅い。昔はよくどちらかの家でご飯を食べていたのだが、本当に久しぶりだった。
「んー。おいしい!宗也にぃは本当、料理上手だよね」
「ははは、おだててもなにもでないぞー。ももちゃんが手伝ってくれたからだよ」
「え、今日のご飯ももちゃんが作ってくれたの?だからいつもよりおいしいのか」
「力也、明日からお前の飯はない」
「嘘です兄上お許しを」
楽しそうに笑う桃花の隣で軽口をたたく力也は明らかに上機嫌だった。……お前は本当に分かりやすいな。俺は口元は笑みを浮かべながらも、さらに場を盛り上げようと話す力也と、面白そうにくすくす笑う桃花を一歩引いた目で見ていた。
力也は桃花が好きだった。いつも俺たちにのろけているから、本気なのだろう。そんな桃花が好きなのは、末っ子の純也だ。2人は幼馴染だった。明るい彼女とは正反対の性格だったから、逆に気になったのではないかと俺は推測する。さらに、弟は桃花の大好きな妹に雰囲気が似ていたから拍車をかけたのだろう。その弟純也は、彼女の双子の妹である実桜が好きで、実桜は巡り巡って力也が好きだった。
なんだこれ。
気づいたころには糸が絡み合っており、身動きが取れない状態だった。昼ドラ真っ青の関係図に笑いたくても笑えない。なんでこんな身内同士で恋愛するのかな。誰も応援できないじゃないか。一人が動いたら修羅場が確定だ。
めんどくさくなった俺は高みの見物を決め込むことにした。頑張れ、青少年。お兄ちゃんはもう疲れたよ。まぁ、そうだな……俺の予想では純也が一番最初に動くとみている。
「あぁーあ。愚弟どもとももちゃんとみおちゃんと交換できたらなぁ。男はムサいだけだし」
「兄貴、それブーメランだから」
「あはは、でも宗也にぃと力也にぃが本当にお兄ちゃんだったらなーって思うよ」
俺は崩れかけの平穏の上で繰り広げられる恋愛ごっこを眺めていた。いつ崩壊するのかを考えながら。
♦♢♦
「あの、これ落としましたよ」
大学構内にて。
鈴を転がしたような声がしたので振り返ってみると、俺のハンカチを握っている女の子がいた。女の子はそのままこちらへ駆け寄ってきた。
「どうぞ……きゃっ」
障害物は何もなかったはずなのに、バランスを崩した女の子は俺の胸へとダイブした。
「ご、ごめんなさい!私ったらなんてことを……あ!!」
深刻そうな声をさらに深めて、女の子は俺の胸を凝視していた。視線を落とすとそこにはうっすら口紅の跡がついていた。
「どうしよう!早く落とさないと──」
「ゆかりーどうしたの?」
「先行ってて!!」
女の子の友達だろう、遠くから名前を呼ぶ声がした。
「大丈夫だから早くいきな。もう次の講義始まる時間だし」
「で、でもっ!」
「友達も待ってるよ。ハンカチありがとう」
俺はそれだけ言うと、彼女の頭をぽんっと撫でた。泣きそうになっていた彼女は「すみませんでした!」と大きく礼をすると、急いで駆けて行った。その後ろ姿を見送って、俺は一人呟いた。
「やばい、天使がいた」
生まれて初めての──一目惚れだった。
♦♢♦
「聞き飽きた」
ざわざわと騒々しい学食で、目の前の女はうんざりした顔でそう吐き捨てた。
「お前は友達の恋を応援しようとは思わないのか」
「別にどうでもいい」
「ひどいな」
黙々とうどんをすするこの女は、「唐辛子入れるの忘れた」と言い、俺の話を聞いていたかどうかも疑わしい。彼女とは1年のときにある講義が一緒だった。たまたま隣にいたときに、話しかけたことがきっかけで知り合いになった。俺もこの女も院に行ったので、時間が合うときは時々こうやって昼飯を食べている。
「天使とか軽々しく言葉使わないでよ。あんたは本当の天使がどういうものか知ってるの?どんなに神々しいか、分かってんの?ねぇ、聞いてる?天使は本当にいるんだよ。あんたがただ惚れただけの女に天使の称号はおこがましすぎる」
「お前は天使の何を知っている」
彼女の天使に対する並々ならぬ思いにおののいた。いつもクールに切り返してくる彼女が遠い。誰こいつ状態だ。……お前、何があったんだ。
天使は(ここではそう定義づけさせてもらう)俺の好みドストライクだった。顔、声、仕草……すべてが完璧だったのだ。兄弟たちの泥沼を見ているので、恋愛に関しては割り切った関係が好きだったはずなのになぁ。ここまでどっぷりはまるとは思ってもみなかった。
「第一、天使天使言っているけどさ、それ誰なの。広い大学構内でその子一人探せると思ってんの?無理でしょ」
「広瀬 ゆかり、文学部1年。地方からこの大学に入学してきて一人暮らし。高校ではテニス部に所属していて家族構成は父、母、弟の4人。後は……」
「うわぁ、鳥肌立った。超気持ちわるい」
腕をさすってゴミを見るような目でこちらを見てきた。……ひどいな。頑張って情報を集めたのに。しかしいくら情報を集めたからといって彼女とお近づきになるチャンスなんてなかった。万事休す、手詰まり状態だった。
「ん?まてよ、広瀬 ゆかりって…………宗也」
「なんだよ、紗英」
しばし考えこんでいた紗英が企んだような顔でにやりと笑う。
「一週間分のランチと引き換えに──天使と会わせてあげなくもない」
後日、「こちら、文学部1年生の広瀬 ゆかりちゃん。んで、こっちは経済学部院2年の岡田 宗也ね」「はじめまして、広瀬 ゆかりです……あ、あなたはあのときの!!」友人のセッティングにより俺の天使と再会できたことや、天使の従姉妹が大学一の問題児と有名な人で「私のゆかりに何してくれやがったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」と乗り込まれて修羅場になったというのは、また別のお話。
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