髪へのキス 思慕

第2話  魔法使いはヒロインにはなれない

 私の目の前に、2人の男女がいる。 


 男の方は女の子に勉強を教えながら、時々こっそり女の子を見つめている。女の子のほうも真剣に問題を解きつつも男のほうが気になるようだ。正解したのだろう、男は女の子の頭を優しく撫で、女の子は嬉しそうに笑っている。


 私はというと、離れた場所でその様子を横目で見ながらゲームをしていた。あなた方のことなんか、一切気にしていませんよーという風を装って。


「みおちゃんもおいでよ」


 一人でいる私に気を使ったのか、男はつまらなそうにゲームをする私を誘った。そんなやさしさいらないのに。


「うーん。今日はいいや」

「みーちゃんいつもそうじゃん。せっかく力也にぃが来てるのに」

「一人でできるし」

「えぇー」

「うーん、そっか。分からないところがあったらいつでも言ってね」

「……」


 まだ不満そうに口をとがらせている女の子をなだめてから、参考書を握り直すこの男は、力也という。彼は私たちの幼馴染の兄で、その縁で家庭教師をしてくれている大学生だ。私は彼から教えてもらうのを避けているのだけれども。


「あーぁ。私もみーちゃんみたいに頭よかったらなぁ。……双子なのに」


 女の子が残念そうにぽつりと呟いた。そうなのだ。私とこの女の子は──双子なのだ。彼女の名前は桃花、私の姉である。素直でかわいくて、守ってあげたくなるような女の子だ。対する私は無愛想で可愛げもないあまのじゃくな女で、彼女とは正反対だった。

 二卵性双生児の私たちは言わなければ誰も双子だと認識しない。ちょっとドジで甘え上手な桃花を両親や周りの人はよくかまい、そんな彼女の失敗を見て学習したため私は「しっかり者」のレッテルを貼られ、一人でいることが多かった。私がそつなく物事をこなしていると思っている桃花は知らないだろう。高校まで一緒はごめんだと、彼女が寝ている間に必死に勉強していたことを。


 一歩離れた場所で見る2人はまさしく『お似合い』だった。チク、とした胸の痛みを誤魔化すためにもゲームに熱中しているふりを続けた。


♦♢♦


 人がまばらになった教室で、私は大きく背伸びをした。放課後になって1時間は経っただろうか。少しの気持ちできりのいいところまで本を読んでいたら、だいぶ遅くなってしまった。

 社交性が乏しい私の数少ない友達は、部活に行ったので今は一人だ。さて、どうしようか。本当ならもう帰った方がいいのだろうけど、なんとなく家に帰りたくない。──家には桃花がいるから。


 最初はほんの少しの違和感だった。


 輪の中の中心で明るく笑っている彼女を見て、なんとも言えない気持ちになった。かわいらしい笑顔を振りまき、誰からも愛される彼女。対する私は一人ぽつんと無表情で佇んでその様子をうかがっている。聞こえはいい言葉を投げかけ私を放置しさらに桃花を構う大人たち。彼女と私は違いすぎていた。


『同じ双子なのに』


 その呪いのような言葉は私の胸へどんどん浸食していき、深く沈下していく。どす黒い感情を必死に隠して何でもないように今までやり過ごしてきた。どうして、彼女にだけ。どうして私はうまくいかないんだろう。どうしてうまく笑えないのだろう。どうして、どうして……もし、双子ではなかったらこんな思いしなくてもよかったのではないか──。なんて、自分のことは棚に上げて心の中で彼女を責めたものだ。


「悠くん、一緒に帰ろう!」

「私も、私も!!」

「みんなずるい~」


 廊下が一気に騒がしくなり、女子の甘ったるい声が響く。きっと隣のクラスの真島 悠が帰るのだろう。甘いマスクの彼は学年1のイケメンで、こちらがドン引きするくらいモテていた。


(彼くらい遠い存在だったら簡単に諦められたのだろうか)


 力也を想う、この気持ちを──。


 手を伸ばしたら触れられる距離。でも私の手を握りかえしてくれることは、ない。その近いようで遠い距離が、逆に苦しかった。



「おい」


 ぼーと真島 悠が通るのを見ていたため、声をかけられるまで気付かなかった。


「…………」

「無視とはいい度胸だな、お前」

「さて、帰るか」

「ふざけんな」


 いきなり私の前に現れたこの男は純也といい、私の幼馴染で幼稚園時代からの付き合いだ。根暗な私と目つきの悪いこいつは、周りから敬遠されていた同士でよくつるんでいた。そこに桃花も加わったのだが、性格が私寄りだった純也と彼女はあまり上手くいっていないようだった。そして彼は──力也の弟である。


「帰らないのか?」

「今帰ろうとしてたじゃん。あんたが邪魔しただけで」

「とってつけたように言っただけだろ」

「ばれたか」

「馬鹿にしてんのか──力也兄がこぼしていたぞ、またお前に勉強教えられなかったって」

「…………」


 私が力也に勉強を教えてもらうのを避けているのは、できることなら彼から距離を取りたいからだ。彼が桃花を好きなのは誰が見ても明らかで。私じゃ桃花にかないっこないのは分かっているから、これ以上好きにならないように距離を置いているのだ。はやくくっついてくれたらいいのに。そしたらこの気持ちも諦めきれるのに。


「別にいいじゃん。桃花のほうが手がかかるし?あと2人の恋のキューピットになろうかなって」

「お前が?冗談だろ」

「お姉ちゃんのために妹がひと肌脱いだ結果だよ」

「お前だって力也兄のこと好きなんだろ」

「…………そういうことは思っていても言わないものじゃない?普通」


 何故かこいつは私が力也のことを好きだと知っている。誰にも気づかれたことなかったのに、なんでばれたんだ?その謎はいまだに解かれていない。


「桃花と力也にぃ2人でいるところを見てたらね、もうなんかさっさと付き合っちゃえって思うんだよ。私のこと眼中ないこと十分ってくらい分かっているし」

「…………」


 力也がこっそり見つめるその瞳を見たら分かる。熱のこもったその目。桃花しか見えていない。だから──その瞳に見つめられたいなんて思っちゃいけないんだ。


 どんなに彼女を疎ましく思っていても、最後の最後で嫌いになれずにいた。「みーちゃん」と柔らかく笑いかけてくれる桃花に、救われたこともあるからだ。彼女は大人から一身に与えられた愛を他ならぬ私に向けた。桃花は中学まで私にべったりだったのだ。どんな仲の良い友達より、私を一番優先してくれた。そんな彼女の為にも、私は身を引かないと。


 私の『王子様』は私のことを選んでくれなかった。彼の『ヒロイン』は私ではなかったから。その『ヒロイン』は私の大事な片割れ。だったら『ヒロイン』の恋を応援する『魔法使い』の役でも許せるのではないか。王子様の元へ行くシンデレラの為にドレスと馬車を用意した魔法使いのように。彼女を祝福できるはずだ。


「あーそうだ。明日、私数学の問題当るんだよね、教えてよ」

「あぁ?……随分唐突だな」

「得意教科なんだしいいでしょ。ほら、座って座って。どうせ暇じゃん」

「最後は余計だ」


 そういいながらも椅子に腰かける彼は不器用ながらにも優しい。私はカバンの中から教科書を出し、問題を探した。



「おい」


 数学を教えてと請いながら、途中で居眠りを始めた実桜に無駄だと思いながらも声を掛けた。顔色が悪かったから、昨日は夜遅くまで勉強をしていたのだろう。気持ちよく眠っている彼女の顔を眺めていたら、「にぶいんだから……」と寝言を言っていた。



「……お前がな」


 兄しか見ていない彼女に早く気づいてくれ、と願いながら、そっと彼女の髪にキスを落とした。



片想いしているのはお前だけではないんだぞ、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る