4 家族と自分のこと
心を隠すことは難しい。
が、それ以上に心を外に曝け出すことが、わたしにはなお難しい。
恋愛感情だけに限っても、わたしの苦手となっている。物心ついて以来ずっとなのだ。
さすがに最近では気にしなくなったが、それには容姿の問題が大きく関与している。
妹が生まれるまでは母が、妹が生まれてからは妹が、わたしの美の天敵を演じる。わたしと妹は約六歳年が違う。父方の祖母の話では、その間にも母のお腹の中に子供が一人宿ったらしいが、経済状態から間引いたという。そんな経緯もあって妹は我が家に望まれ、生まれたのだ。実際妹の誕生には、わたし一人を除く、我が家全員が沸き立っている。もちろんわたしだって、わくわく、していたはずだ。当時わたしは六歳だったが、六歳といえばまだ子供。自分の妹か弟の誕生を期待しないわけがない。が、それでもわたしはどこか恐れていたのだと思う。大人にはない子供独自の雰囲気センサで妹の誕生に怯えていたと思えるのだ。
かといって、わたしは母に我侭を言ったり、ましてや暴力を振るおうと思ったことは一度もない。
……なかったはずだ。
どうしておかあさんとおんなじかおにうんでくれなかったの、とわたしは母に訴えてはいない。
……いないはずだ。
幼い頃に母の三面鏡を覗いて自分の顔それぞれのパーツに母の顔の同じパーツを見つけ出そうとした自分の記憶が今更のように浮かんでくる。わたしと母は部分的にはそっくりなのだ。それがあのときわたしが発見した事実。
目の形はそっくりだ。鼻の形はそっくりだ。口の形もそっくりだ。耳の上の方だってそっくりだ。
顎の形は子供と大人では異なるのでまったくそっくりと言えなかったが、それでもずいぶんと似た形をしている。
顔全体の輪郭だって真ん丸くて母とそっくりなはずなのに、しかしすべてをまとめ合わせると違うのだ。
同じ比較を父についても試している。すぐにわかったことだが、こちらの方はあまり自分に似ていない。どのパーツを比べてみてもそっくり加減が少ないのだ。
それなのに顔全体では良く似ている。父の輪郭は面長なのにも関わらず、わたしの顔は劣化した父の顔なのだ。
わたしの父は所謂今風のイケメンとは異なるが、わたしも母も好きなタイプの醤油顔のイイ男で、加えて同世代の男たちと比べて、かなり小顔。わたしも小顔で、ついでに首も細くて長くて、それだけは妹に勝っていたが、まあ、それくらいだ。けれども親戚の伯母さんなんかに不意打ちで、
「アラ、梓ちゃんってお顔が小さいのね」
などと指摘されると目尻が下がる。ついでに言えば脚も細くて長い方だが、それは妹も同じなので同点だ。
父方の祖父の影響なのか、わたしは幼い頃から図鑑が好きで祖父に良くねだっている。
妹の方にはそういう趣味はなくて、いつも元気よく遊んでいる。元気が良過ぎて私鉄のバスを止めてしまったことがあるほどだ。家族の誰も気が付かないうちに家を出て、バス通りの真ん中で道路に背中をくっ付けてグルグルと回って遊んでいたからバスが止める。
祖父は若い頃から自動車関連の仕事をしていて、妹が生まれる頃には車検用整備工場に勤めていたはずだ。サービスステーション勤務の時代もあったはずだが、わたしの記憶が定かではない。わたし自身はガソリンの臭いが苦手な子供で、それは今でも変わっていない。車自体が大好きだったというのに残念なことだ。
祖母もそうだったが、祖父もわたしのことを気に入っていたようで、出かけるときには必ずといって良いほど誘ってくる。それで大きな本屋さんに入る機会があると図鑑のコーナーで長く粘る。あの頃の祖父の懐事情は知らないが、気前良く買ってくれるときがあれば、知らない振りをして店を出て行ってしまうこともある。もちろん図鑑を買ってくれないからといって、わたしは祖父にぐずりはしない。その点では、わたしは聞き分けの良い子供だったはずだ。
今ではもう処分してしまったが、わたしの家にはかつて祖父が購入していたモーターファンなどの古い自動車雑誌が無造作に本棚に並べられていて、わたしはその中からお気に入りの数冊を引き出すと、意味も解らずにエンジンの解説図解を何時間も飽かずに眺めたものだ。小学校の卒業文集には『ロータリーエンジンのエンジニアになる』と書いたはずだが、ガソリン臭が苦手だったから、それは早々に諦める。結局、化学に才能があったようで、一流大学ではないが主席で卒業し|(つまり卒業生代表の挨拶をして)、すぐに就職する。ちなみに三年生のときは送辞も読む。夢とは知っていたが、大学の半ばからは作家も目指し、あるコンテストの一次選考通過の常連にまでなったが、そちらの方は叶わずに終わる。結果的に得た自分の職業が物質の声を聞く仕事であることからもわかるように、どうしても人が対象とならざるを得ない小説世界には向かなかったのだろう。その代わり、モノの声は良く聞こえるようになったはずだ。当然比喩だが、生き物ではない化合物も機器製品も自ら人に訴えることはないし、またできない。けれども何処かに不具合があれば声なき声で訴えてくる。それを正しく聞き取って癒してやるのがおそらくエンジニアの仕事なのだろうと、今ではそんなふうに考えている。
科学者(サイエンティスト)の場合は、この世にまだない可能性の声を聞く。
発明|(特許)だって同じことで、これは無理だから、前例がないから、不可能だから、と否定から入る人間には一切の声は聞こえない。
もっとも声が聞こえたからといって、必ずしもその意図を汲み取ることが出来るわけではないが、例えば十年後に別の何かと繋がって初めてそれを知る場合だってあるわけだ。
このわたしにしてからがそんな経験が幾つかあり、だから声が聞こえる、または聞こえそうなときには仕事に特に熱が入り、最終的にそれが失敗や勘違いだとわかっても、その間の熱の余韻はいつまでも残る。結局その熱さをいつも感じていたいから、例えあるとき辛くとも仕事を続けられるのだろう。それで夫がわたしにプロポーズしてきたときの条件の一つにわたしは『仕事を続ける』を挙げたのだ。更にもう一つの条件に『子供を作らないこと』を選んだが、こちらの方は単にわたしが子供嫌いだったことによる。
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