3-5 太閤埋蔵金の謎

 太閤埋蔵金。天下人豊臣秀吉が愛息秀頼のために黒田官兵衛だか真田幸村だかに託して隠させた時価数兆円とも言われる埋蔵金のことである。いや、石田三成だという説もある。とにかく、徳川幕府に見つからないようにと隠させたものなので、そんじょそこらの隠し方ではないと言われている。

 徳川埋蔵金はテレビ番組で一山掘り返したりいろいろ話題になっているが、あっちの埋蔵金は天下を獲った側が隠したものなので、いろいろセキュリティが甘そうだ。ちょっとチョロそうな感じもあるので、探している人は多い。

 しかし、太閤埋蔵金を追っている人はそれほど多くない。らしい。たぶん。

 理由はいくつかある。

 まず、信憑性が低い。歴史を紐解くと、大坂冬の陣・夏の陣で徳川幕府にいいようにされて、斜陽の一途だった豊臣家に、そんな埋蔵金を隠し持つ余裕があったかどうか、というのはよく言われることだ。そんな大金があったら、とっくに使っているだろうし、叛旗を翻す前は徳川家康は豊臣家の重鎮であるわけで、それほどの大金の動向をまったく知らないはずもない。秀吉の死後、徳川と豊臣の対立が明白になってからは、そんな金を隠し持つようなゆとりは当然ないだろうと、否定派は言う。ゆえに、太閤埋蔵金など探してもムダだと。

 文献が少ないことも、トレジャーハンターが追っていない理由のひとつだ。ぼくも気になったのでいろいろ独自に調べてはいるが、何しろ手がかりが少ない。

 ググってみると一応検索結果は出てくる。二百兆円だとか、全国あちこちに伝説があるとかいろいろだ。しかし、確実性の高い情報はあまりない。口伝とか、物語だとかそいういう情報源があるだけで、多くは埋蔵金伝説というジャンルを派手に着飾るための添え物というか、食べられないお飾りというか、そんな扱いのことが多い。具体的な情報はネットでは探せなかった。もっともネットに転がっている情報で見つかるような埋蔵金もないとは思うけれど。

 埋蔵されている金額が現実的でないというのも、ガチのハンターにスルーされる要因だ。四億五千万両。現代の貨幣価値で二百兆円というのは、あまりに馬鹿げている。そんな大金を隠れて運ぶとか、どこかに隠すとか、そもそも用意することができるのか。当時は当然リアルな金塊なり小判か大判で存在していないとならないのだから、重いし、金の生産量がどのぐらいかまではわからないが、流通している金自体の相当量を占める金額であると思われるのだから、それを当時の為政者が溜め込んで隠すとか、政治的にも経済的にもどうも怪しくはある。一万分の一ぐらいの額面なら、そりゃ多少は可能性も感じられるのだろうけど。二百兆円ってのはない。現代の日本の国家予算二年分の現金を四〇〇年以上前に調達できる政権って、そもそもこの世界に存在したのかって考えると、まあ、多くの人が与太話だと相手にしないってのもわかる。


 江戸幕府がはじまったころは、この島国には千五百万人ぐらいしかいなかったらしいしね。ちょっと前まで戦国時代で生産性も低かっただろうし、全国のうち栄えていたのが京都・大阪のあたりだけだったろうし、そんなところで先進国の国家予算の倍もの金を用意するってのは、ぼくも信じられない。普通はそうだ。

 信じられない話だけど、そんな大金があったらいいなとは人並みに思う。大人数で山分けしたってとんでもない財産が築けるわけだし、下っ端で参加してもそこそこの分け前はもらえるかもしれない。いくらなんでもタダってことはないだろう。口止め料って意味でもそれなりには期待できるはずだ。

 それで、そんな金があれば、シロク辞めてから来月からの家賃をどうしようかなんて、ちっさい悩みを心の片隅に置いておかなくても済む。まあとりあえず二、三ヶ月は保たせるぐらいには貯金もあるし、家賃も待ってもらえるのだからなんとかなるし、そんなに心配はしなくていいのだけど、新しい仕事は探さないとならない。慣れてきた仕事を手放すのは嫌なものだ。それに、太閤埋蔵金探しとも離れてしまうのはなんとなく嫌だ。信じてはいないけどね。

 ああ、金さえあれば本格的に埋蔵金探しをはじめられるのになあ。あれ? 金があれば探さなくていいのかな? まあ実際は埋蔵金なんてないから、やっぱ金がないとダメだな。なんてね。

 とまあ、金は欲しいけど、ぼくは太閤埋蔵金を信じていない側の人間だ。


 ところがだ、一部の人間は、本気でこの太閤埋蔵金を追いかけているようなんだ。


 このソウザさんもその一人だ。貸本屋の客にはざっと十二人ぐらい、太閤埋蔵金を追っている人がいる。最初にカンダさんと行ったイワサキ氏や、化政文化大学のミウラ教授(ぼくの春画の師匠だ)、トレジャーハンターのトリイさんもおそらく太閤埋蔵金を狙っている。本屋仲間にももちろんいる。カンダさんもそうだし、スエヒロさんもだ。はっきりとは言わないけど間違いない。


 ほとんどの人はぼくの「太閤埋蔵金は何か」という問いに、何も答えないか、信じてない人らと同じように「追ってない」、または「知らない」と答えるのだけど、そんな言葉は鵜呑みにはできない。いろいろ探りを入れていると、何人かは太閤埋蔵金を追っているようなのである。知らないって言ってたのに、また聞いたら「追ってない」に変わっていたり。逆もある。ぼくになんて答えたかなんて覚えちゃいないからだろうだけど、場当たり的にとぼけているからそういうことになる。つまりは太閤埋蔵金を追っていることを知られたくないということだろう。それはそうだろう。

 そして、そいういう裏で太閤埋蔵金を追っている人らにはある共通点があった。「禁書目録」になんらかの知識があるということだ。

 さらには「禁書目録」の話をすると、多くの人は勝手に「太閤埋蔵金探し」をカミングアウトをすることもわかった。それは、ぼくが彼らの中で、分け前を与えたくないただの部外者から、付き合っておけば役に立つかもしれない情報提供者に変わるからかもしれない。


 今のところぼくが掴んでいる太閤埋蔵金に関する情報は、

一、その所在に「禁書目録」の情報が密接な関係があるということ

二、禁書目録自体ではなく、禁書目録に記載されている文献の中に、太閤埋蔵金に関する有力な情報があるかもしれないということ

三、太閤埋蔵金は徳川幕府も追っていたということ

四、太閤埋蔵金を横取りされないように、その情報源を禁書として幕府が取り締まったらしいということ

五、禁書に指定された時点で、その文献の入手は著しく困難になるということ

 というぐらいだ。

 とにかく、太閤埋蔵金を追いかけるには、まず「禁書目録」を手に入れなければならないというのは間違いないようだ。もちろんぼくは持ってない。手に入れようと思ったこともない。だって埋蔵金信じてないし。ただ興味本位で聞いて回っていただけだ。イグサにチラッと話したことはあるけど、やつは興味ない側の人間だったようで、すぐに検索してあり得ないと笑っていた。


 それに、仮に「禁書目録」が手に入ったところで、肝心の禁書が手に入らなければ結局は埋蔵金の在り処はわからないじゃないか。ごく稀に取り締まられていてる禁書だという書物が出回ることはあったが、だいたいは状態が悪く読めたものじゃない。それはぼくがまだくずし字の初心者だからというだけではなく、本がボロボロで読めないということだ。おそらく、多くの太閤埋蔵金ハンターたちの手を回っているのだろう。中には触れただけで粉々になってしまいそうな黄表紙もあった。普通そういう貸本は弁償が怖いので手にしないものだが、ハンターたちはとりあえず受け取る。そして翌週には返してくれる。

「読むの早いですね」

「まあね」

 なんて白々しい会話をしたこともあるが、普段はその人は読書が遅い方なので、太閤埋蔵金の情報がないかのチェックだけしたか、速やかに全ページの写真を撮ったかどちらかである。バレバレである。


 ハンターのうちの誰が実際に「禁書目録」を持っているのかまではわからないが、ぼくは、「禁書目録」を確実に持っている人間を一人だけ知っていた。


 恋川さんだ。


〈続く〉

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