第▲二章 秀吉の遺産

 トレジャーハンターの朝は早い。


 わしが目利きを頼まれるのは早朝が多いのだが、それはその日のうちに家屋の解体を済ませようと思ったら、朝のうちに家財の処分を済ませなければならないからだ。今日も朝の五時に川越くんだりまで呼びつけられた。家を出たのは三時だ。かみさんは黙って寝ておればいいものを、わざわざ起き出してきてグダグダと愚痴をこぼしくさった。まったく朝から不愉快だ。しかし、そんな不愉快もお宝とご対面となると、すっかり忘れてしまうものである。今日は旧鶴屋の奥屋敷の隠し蔵の解体だそうで、大いに期待している。さてさてどんな金銀財宝が眠っていることやら。


 鍵が壊れて久しいので、この扉が開かれるのは実に100年以上ぶりだそうだ。下手をしたら明治維新からこっち一度も開かれていないかもしれない。実に楽しみである。馴染みの鍵師がずいぶんと苦戦している。よほど錆び付いているのだろう。このまま開けられないようなら、重機でぶち破ることになるかと思うが、中にどんな貴重な品々が並んでいるかわからない以上は、できるだけ避けたい。ファイバースコープで窓から確認できたのは、和本の山だった。和本となるとピンキリである。貴重な文献か、あるいは新発見の艶本でもあればちょっとした収入が期待できるのだが。そういえば今日は貸本屋が来る日だな。洒落本でもいくつかあればありがたい。禁書でも混ざっていればなお良い。などと皮算用をしていたら、鍵師がついに鍵を開けたようだ。わしが先頭に立って、重い扉を開いた。


 正直、期待はずれだった。荒らされてこそいないが、一面にほこりが積もっており、しかも湿っぽい。カビの匂いもずいぶん強かった。蔵の手前は比較的風通しがよかったせいか、このあたりの本は、思ったほど痛んではいないようだった。しかし、奥の方は摺り師の工房のようになっており、財宝の類いはまったくと言っていいほど見当たらなかった。少し茶道具があったぐらいだ。内心がっかりして和本の中身を確認した。大半は『ものほん』か地図のようだ。これだと目白か野方だな。とりあえず依頼主クライアントへの買い取り額はできるだけ安く抑えて、転売して今日の日当ぐらいにでもなれば御の字だろう。いや、鍵師と折半なら雀の涙だ。おもわず溜息が出た。これでは骨折り損のなんとやらだ。もっともわしは扉を開けただけだから、たいした骨も折っていないのだが。鍵師はどうしているかなと思ったら、奥の座敷のような方へ入っていた。銭箱でも出たのかなと様子をうかがうと、いつの間にか見慣れない男と一緒にいた。解体作業員ではないようだ。依頼人の関係者だろうか? まじまじと壁際に積まれた油紙の山をのぞき込んでいる。中から一つ取り出して、傍らの男に見せていた。男は携帯に着信があったが無視して、電源を切っていた。


 鍵師がこちらに寄って来て、声をかけてきた。

「鳥さん、いいのあったかい?」

「いや、あんまり期待はできないねえ」

「こっちの和本は全部持ってっていいから」

「え?」

「わたしらはあっちの版木だけでいいよ。あんたは版木はいらんのでしょう?」

「ああ、まあ版木もらってもどうしていかわからんしね」

 そういうことだから、と鍵師はそそくさと一緒に来た男の方へ去っていった。ラッキーなのか、なにか儲け話に乗り損ねたのかよくわからなかったが、あまり欲をかいても仕方あるまい。とりあえずもらえるものだけもらってさっさとドロンした方がよさそうだ。遠くで鍵師が、社長、社長と叫んでいた。あれはどこぞの社長だったらしい。そんなに金持ちそうには見えないがな。社長は解体作業員に現金を渡して、大量の版木をトラックに運ばせていた。


 それを横目に、とにかく選別をしておこう。何冊か脇に避けたらひと際分厚い本が出て来た。色はほとんど抜けているが、朱で「秘」と大きく記してあった。旧字は得意ではないのだが、中央に『禁書乃目録』と書いてあるようだ。中は何やら書名と版元名が並んでいた。ふむ。表題通りこれが『禁書目録』なのだろう。ということは周りのこれらの本も禁書なのだろうか?


 地図で禁書というのはちょっと考えにくい。和本の山から、地図本を取り除いて脇へ置いた。後は読み物が多いようだ。時間がないので、とにかくざっと目を通して選り分けることにした。ほとんどが学術研究書の類いだった。だが、入門書か何かばかりで、たいした内容ではなさそうだ。同じ本がいくつもあった。結局、黄表紙のようなものは一つだけだ。レアものか人気書ならなあと思って表題を読んだら、『大磯風俗仕懸文庫』とある。これはわしでも知ってる。山東京伝だ。しかもなにやら摺り味がくっきりしていてきれいだ。紙の傷みの割に保存状態がいいように見える。おお、奇跡だ。これでどうにか赤字はならずに済みそうだ。いや、京伝の人気書とくればもう一桁期待してもよさそうだ。とくれば長居は無用。さっさと和本をケースに詰め込んで、おいとますることにした。


 最後に禁書目録が残った。分厚くてケースに収まらない。どうしたものかと裏からめくってみたら、何やら注意書きのようなものがあった。カビが多くてよく見えないのと、ずいぶん崩した文字なので詳しくはわからないのだが、『太閤埋蔵金』という文字はどうにか読み取れた。くだらん。何が太閤埋蔵金だ。そんなもの今どきジョークにもならん。徳川埋蔵金ですらもう存在しないと言われているのに、そのさらに一桁多い太閤埋蔵金なんて、バカバカしいにもほどがある。だいたいそんな大量の小判をどうやって運んだと言うのだ。捨てていこうかとも思ったが、もし本物の禁書目録なら神田が買い取るかもしれん。保険代わりに持っていっておくか。神田が買わなくてもうちの娘ならどこか引き取る相手を知っているかもしれん。わしはケースの上に目録を乗せて写メを取って、娘にLINEで送り、ケースを急いでクルマへ運び入れた。


 鍵師と社長のトラックはとっくにいなくなっていた。わしがクルマを出すと、背後で,待ちかねたバックホーがうなりをあげて古蔵を更地にすべく、取り壊しをはじめた。時計を見ると、午前9時だ。すっかり遅くなってしまったが、午前中には目白に寄れるだろう。それから野方に寄っても、3時にはウチに帰れるだろうて。10万でまとめて買い取った家財が、うまくすれば全部で30万になるか。東屋の鰻重ぐらいは食えそうだ。いや、京伝ならそれだけで50万はくだるまい。いや摺りが良いならもっといけるかもしれん。そしたらトータル100万も夢ではない。アマゾンがわしを待っておる。うははははは。

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