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「ご主人様のお誕生日?」
「うん」
きょとんとした顔でオウム返しするミズキに、イツキは得意げな顔で頷いてみせる。
「それで、さ。日頃お世話になってるご主人様にお礼をしたいと思うんだ。日ごろの感謝を込めて」
「素敵!」
イツキの提案を聞いた途端、ミズキはとびきりの歓声をあげた。華奢な指先を組み合わせてうれしそうに顔をほころばせる。
「わたしね、ずっとご主人様にご恩返しがしたかったの。わたしを拾ってくださって、大事にしてくださって、大好きなイツキと一緒に働かせてくださって。本当に、あの方は素晴らしいお方だもの」
敬愛する主人へ向けられたミズキ言葉。普通の男なら焼きもちの一つも覚えそうなもんだが、お人好しのイツキときたら馬鹿みたいににこにこ笑ってる。
そりゃあそうとも、イツキだって兄のことが好きなんだ。もちろん、ミズキとは違って、ご主人様としてじゃなく、兄としてだけどな。
自分のとんでもないわがままを、すっかり呆れながらも聞き入れてくれた兄。恩返しがしたいのはイツキだって同じだった。
だから、二人は頑張って、いつもの掃除をいつもよりずっと早く片付けると、初めて二人連れだって屋敷を出たんだ。
そう、もちろん。
二人が敬愛するご主人様、コウヤへ贈る誕生日プレゼントを買うためにね。
しかし、まあ。まったく、イツキと来たらどうしてこう、運が悪いんだろう。
相変わらずミズキは首輪を付けてない。だから、他人から見れば、人間であるミズキがロボットであるイツキを伴って外出してるようにでも見えた。
いくらロボットがそれほど好きじゃない奴らだって、その所有者の前でロボットに危害を加えるはずがない。そう目論んで、イツキは思い切って外出を決意したんだ。
実際、万事はうまくいった。屋敷の門から外に踏み出した二人は緊張したように面を強張らせたが、人気のない道を選んだこともあって、無事に目的の店までたどり着くことが出来た。さらに、たまたま、店の店員がロボットだったお陰で、二人はさしたる問題もなく買い物を終えることが出来たんだ。だが。
……ほうら、あんたも、そろそろ厭な予感がして来ないか?
そう、ご名答。大当たりの特賞だ。
まるでここ一ヶ月の蜜月の帳尻合わせを、いきなり要求された様に。貯まりに貯まったイツキの不幸の残高は、どうやら利子まで付いて、一度に彼に降りかかったらしい。
まったく、イツキと来たら本当に、とことん運が悪い。
帰り道。例によって、人気のない道を選んだつもりだったのに。
よりによって、今日この時。大事な大事なミズキを連れたまま。
──また、あいつらに遭遇しちまっただなんて。
「よう、イツキ? 久しぶりだな。寂しかったぜ?」
マサトとその仲間たちは、久しぶりに発見したイツキが相変わらず、『首輪』を付けたままにしていることをまず嘲笑ったさ。
だが、イツキも、前みたいなただの臆病者じゃない。なんたって、守る物が出来たんだから。
言ったろ? まったく、思春期の若者ってやつは、手に負えない。
さすがに、イツキだって、まったく脳天気に、何の用意もしてこなかったわけじゃなかったんだ。
──ミズキを背に庇いながら震える手でイツキが取りだしたのは、いつかミズキと二人で倉庫の屋根裏を片づけた時に見つけた錆だらけの拳銃。
こんなこともあろうかと、イツキはそれを持ち出してきていたんだ。
まさに、備えあれば憂いなし。
その影を認めて、マサトも、さすがに少し、怖じ気づいた様だったさ。
だが、すぐに、自分に言い聞かせる様に、彼は大きな声を声を張り上げる。そんな玩具で俺を脅かそうったって、そうはいかないぞ、と。
「それに、もしそれが本物だとしたって、お前みたいな奴に使える筈が――」
その瞬間。マサトの言葉は弾けるような鋭い銃声にかき消された。
まったく、こいつも馬鹿だよな。
本当、恋をしてる思春期の若者ってのは無敵なんだって。
それが証拠に、イツキは指先を震わせながら、それでも躊躇わず、引き金を引いちまったんだ。
「ぃゃっ……」
イツキの背後で、すっかり蒼白になったミズキが、震える声で漏らす。
幸か不幸か。そう慎重に狙ったわけでもないが、弾は的から逸れていた。マサトの腕の肉をただ僅かに掠め、背後の壁にめり込んだに過ぎない。
けど、それで充分だったさ。
やつらのうちの誰かひとりが情けない声をあげるのとほぼ同時。彼らはあわててきびすを返すと、わき目もふらずに逃げ出した。
すっかり動転して腰を抜かし、その場にへたり込んだマサトを置いて、な。
まあ、動転したのはイツキも同じことだったろう。なんせ、臆病者の自分が生まれて初めて、人を傷つけちまったんだから。
ただ、それでも、イツキは拳銃から手を離さない。
目の前で恐怖に顔を引きつらせるマサトは、イツキが知るマサトとはまったく違ってた。
惨めで、弱そうで、情けなくて。どこか、哀れみすら感じさせる。
だが。いったい、今までどれだけ、イツキはこいつの存在に苦しめられてきたことだろう。どれだけ痛めつけられ、どれだけ怯えてきたことだろう。
拳銃という大きな力を手にして、自分がかつて恐れていた脅威と対面したイツキは、すっかり我を失ってた。背中に感じるミズキのぬくもりさえ、自分の後押しをしているようにしか感じられない。
もう終わりにするんだ。こいつに脅かされる日々は、もう御免だ。
不思議なほどに冷静な表情で再び銃を構えたイツキを見て、ミズキが面を強張らせる。
「だめっ……」
ほとんど泣きそうな顔で、ミズキは叫んだ。
「だめぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
──少女の絶叫と。
──銃声が辺りの空気を引き裂いたのは、ほぼ同時だった。
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