第3話「人形の誇り」03

 窓枠から柔らかい芝生の上に降り立つと、先程よりも強い熱と煙が二人を襲う。


「……レイ、大丈夫か?」


「はい、なんとか……」


 立ち上る黒煙は止む事なく空へと伸びている。

その一部を吸ってしまわないようにと昴は口元を手で覆う。煙を吸うと喉を火傷する、というのは昴の世界では小さい頃から教わる事だ。濡らしたハンカチやタオルで覆うのが良いのは知っているが、生憎そのような物は持ち合わせてはいない。そもそも実際にそのような事態を目の当たりにして即座に準備出来るような物なのだろうか。

 煙から距離を取り、それでも目に沁みるのを我慢しつつ周囲に視線を配る。見間違いでなければここには確かに誰かが居た。犯人か、それとも別の誰かか。後者であるとしたらそれは一体誰なのだろう。

 風が吹く。優しく髪を撫でるような風だったが、煙を巻き込んで熱風へと変化。目に沁みるような風。その時だ。ふと、火元と思しき下部の黒煙が晴れる。


「スバル! 前に――!」


 先に異変に気付いたのはレイセスだ。その声を聞いてから反応。眼前、影が通る。いや、近付いていた。咄嗟に体を逸らし事態に備える。過ぎ去る黒い軌跡。これが攻撃であると理解出来たのは自身の体が地面を転がってからだ。


「ってぇじゃねえか……!」


 いきなりの攻撃に苛立ちを隠せない昴。柔らかい地面で良かったと心底思いながらも臨戦態勢に。この世界の住人が血の気が多さがうつってしまったのかもしれない。攻撃してきた相手に鋭い視線を投げる。全身が黒い人物だ。しかしどこか執事服にも似た清潔さや清廉さ、毅然とした態度が見て取れる。顔を隠すようにふざけた仮面を取り付け、頭には円筒形のハット。


「怪盗とか、よくそんな格好してるよな……。その類か? それにしては派手なんじゃね?」


 あくまでも憶測であるし、更にその知識は本やテレビで得たもの。正しいかどうか定かではない。しかし正しさなどどうでも良かった。


「……」


「そっか喋る気は無しなのな。そんでもって俺をまだ殴ろうと。見た奴はただじゃ済まさないって?」


「あの、スバル……?」


 走り寄って来たレイセスが不審がるのも無理は無い。先程から昴が放っている言葉は相手に届ける為ではなく、あくまでも独り言のようだった。本人の周りでしか聞こえないような音量。


「よーしわかった。なら俺だっていきなり知らない奴にやられて、はいわかりましたー負けましたーって引き下がる訳にはいかねえんだよ」


「えっと……」


「なあレイ。この前のやつって今でも出来る?」


「出来ない事はないですけど、どうして……?」


 妙なスイッチが入ってしまったようだ。纏っているのは怒りのオーラ。勿論昴にはそのような特殊な力は無いし、覚醒したりもしない。ただ純粋に怒っていた。主に、殴られた事に対して。


「簡単だ――あいつ、ぶっ飛ばさねえと……!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る