第3話「人形の誇り」02
何ら物音のしない校内という物ほど不気味な物はないだろう。それがたとえ太陽が顔を出している昼間であろうとだ。
「静かだな……えっと……さっき煙が上がってたのが実験棟の付近っぽいから……」
腕を組みながら歩き、ぼそぼそと呟く昴。時折小さく校舎が揺れているようだがそれすら気にしていないようだ。
「スバル、いつの間に学院の道を覚えたんですか?」
「ん? 道な。あー……地図見て頭にぶち込んだよ。内部は正直なところ感覚で歩いてるけどな」
「そう言えば学院内の地図は無いんですよね。私だってまだ全部は覚えきれてないんです」
「なんつー不便な場所だよ……せめて案内標識でも作るべきじゃね。暇だったら作ろうかな」
昴の場合本気でやりかねないのである。あくまでも自分で使える用になるとは言え完成度はそれなりに高く、心のどこかにある真面目な昴がそれを成す。そもそも細かい作業はそこまで嫌いではないようだ。
「……んで、ここの角を右に曲がる。と」
進むに連れて鼻腔に届く焼け焦げた臭い。現場は近くなってきている。感覚で歩いている昴ではあったが、どうやら正解のルートを辿っていたようだ。
窓の外、空に向けて大きく伸びる黒い煙。事故、というにはあまりにも規模が大きい。しかし燃えているのは建物ではなく道中の芝生。火の手は見えないが、恐らくあれが中心なのだ。
「燃えてはない、みたいだな」
「そうですね……ただ、これは……」
レイセスが何かを言いかけたその時だ。再び近くで大きな揺れ。足元を掬われてしまうような不意の揺れにバランスを崩してしまう。体が傾き、しかしすぐに静止する。気付いた昴がすぐさま体を抑えたのだ――当然肩だけであるが――。
「だ、大丈夫か?」
「は、はいっ」
不意であったとは言え体を触ってしまったせいか、何故だか少し緊張気味である。即座に手を離し数秒の沈黙の後、昴は口を開いた。
「今の、かなり近いよな? ……ん、あれ、何だ?」
立ち上る黒煙の向こう、うっすらと見えたのは影、だろうか。人型のようにも見えたが。思い立ったらまず行動、そのスタンスを忘れない昴は即座に足を動かす。
「スバル! 待ってください!」
レイセスの言葉は耳に入っているが、昴は急に止まれない。大体の位置で見当を付け、階段を降り。しかし玄関まで行っていては当然回り込む分時間が掛かる。ならどうするのか、答えは簡単。
「え、窓から!? さすがにそれは……行儀が……あ、もう!」
「大丈夫。俺だもん。そして今回は俺が居るので大丈夫ですぞ」
窓を開け、慣れた様に桟に飛び乗り外へ。滅茶苦茶な理論を展開し、レイセスを悪の道へ引きずり込もうとする。
当然の如く悩むレイセスだが、ここで考えなくてはならないのは取り残されてしまう事。何故だか昴を一人にするのは良くない予感もする。
「し、仕方ありません……! 見逃してくださいお母様!」
そう、進むしかなかったのだ。
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