第2話「異世界での生活」28

 教師の死角に入り込むように物音少なく移動し、次第に開けた道へと進んで行く二人。最初の内は足音を殺しながら、離れるに連れて駆け足に。積み上げられた書籍に少しでも触れてしまえば一気に倒壊し、簡単に教師に見付かってしまうだろう。細心の注意を払いつつの行動。そのはずなのにこの緊張感を楽しんでいまっている自分が居る事に驚きを隠せない。だが、ここで捕まってしまうと今度は誰に迷惑を掛ける事になるか分からないのだ。だからこそ全力で隠密に逃走。


「オレはあっちに行く」


「オーケー。それじゃあな」


 セルディからの別れの挨拶は無く、二人は別方向に。昴はなるべく人目に付かないようなルートを選びながらの移動だ。且つ道順を覚えながら走り抜け、寮までの近道や抜け道を探そうとするもこれと言ったものは見当たらず、ほぼ正規の道を通る事に。流石に離れてしまうと見回りは無く、至って静かな夜だ。


「だけど見回りがあるって事は作戦考えないといけないよなぁ……」


 最低でも資料棟の付近は警備の手が厚くなっていると考えなければならないだろう。いきなりやり方を変えるというのは負けたような気がしてならないのだが、こればかりは仕方が無い。兎に角今は戻って眠るとしよう。時間が分からないので日付が変わっているのか定かではないが、朝には授業がある。それに備えての睡眠時間だ。

 暫く身を隠さずに歩いていくと遂に自室のある寮が見えてきた。窓から垂らされたままのロープは未だに健在。しかしこの距離でも目立ってしまうのは如何なものか。溜め息混じりに近付き、腰にきつく巻きながら昴は思う。


「降りるのは良かったけど……登るの上手く出来るかな……?」


試しに壁に足を掛けてみた。何故だか降りる時よりも不安感がある。地上から離れていくという感覚に慣れていないからだろうか。しかしこのまま背中を地上から離したまま立ち往生というのも可笑しいので意を決してもう一歩だけ踏み出してみた。


「まったく入寮二日目にこんな事やられるとは思ってもいなかったんだけどな……」


「!?」


 いきなり背後から掛けられた声に昴は驚き、ついロープから手を離してしまい地面へと落下。腰を強打してしまう。痛みに悶えながら顔を上げると、そこに立っていたのは呆れ顔のケンディッツだ。


「どうしてこんな事してんだ? ……女のところに行ってたって訳でもなさそうだ」


「それはその説明すると長くなりますぜ?」


「良いだろう聞いてやる。どうせ短く纏められるんだろ?」


 どうやら彼は昴の頭の回転が早い事を把握しているのだろう。だからこそ手短な説明を求めている。


「あー……生徒会長の依頼で小火事件の犯人探しっす」


「またあの坊ちゃんは他人を使ってんのか……ちったあ自分でやれってんだ……」


 溜め息を吐きながら頭を掻く。これまでにも何度かあったという事だろうか。


「まあ、やるな、とは言わない。むしろ行為的には善行だ」


「ですよねー?」


「ただ他の教員に見付かると厄介だ」


「なので夜なんすよ?」


 どうやらケンディッツは昴に対して説教するつもりはないらしい。するのであれば既にその大きな拳が飛んできているはずだ。


「次からは外出許可取ってからにしろ」


「え? 良いんですか? ってか取れるんです?」


「止めてもやるんだろ。やってる事がやってる事なんだから咎められてもそれなりに押し通せる。幸い教師じゃなくて警備員で働いてる。生徒を守るのは職務だって言い張れば、な。本来これは教師が片付けるべき問題だ……それを生徒にやらせてるともなればいくらでも丸め込めるさ」


 つまりケンディッツとしては味方をするから自分の許可なしに動くな、という事なのだろう。後ろ盾があるのなら少しだけ大胆に動いても問題は少ない。また新たな作戦を考える事が出来る。


「あざーっす」


「なんだその腑抜けた礼は……だがとりあえず今日は罰がある。こっちに来い」


「……それは聞いてないです」


「ああ今言ったからな。ちょうど書類整理が終わらなくて困ってたところだ。荷物運び手伝えよモロボシ」


「はい……」


 大きな手で両肩を握られ、もう逃げ場はない。大人しく連行されるとしよう。



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