第1話「パラレルワールド!?」34

 ただの突進。昴にしてみればこれを当てる気など微塵も持っていなかった。

頭の中に浮かんでいるのはこのまま走り抜けてどうにか体勢持ち直す事。決して捨て身ではない。

前方には既にサシャの姿がかなり近くにある。それでも、全身に力を込めて自分が吹き飛ばされないように。

 反対にサシャはこの動きがどういう物か判断しきれず、動かしている足を止められなかった。近付きつつある昴がここからどの様な行動を取るのか、寸前まで考えるつもりだ。


「っ……」


「こ、の……!」


両者正面からの激突。軽鎧の金属がぶつかり合い、鈍い音が二人の耳に入る。衝突で顕著に表れたのは体格差だ。

身体能力こそ昴以上のものを発揮していたサシャであったが、肉体面で上回る事は出来なかったらしい。僅かながらも後退りをしている。

 ぐらついたのを見逃さなかった昴は前のめりの体を上手く制御して、自身の右足をサシャの足に引っ掛けた。所謂足払いだ。ここからは重力に引かれ――重力が元の世界と同じという予測であるが――地面に叩き付けるだけ。

 しかし何故かここで昴の良心が働く。サシャの筋力を甘く見ていた訳ではないが、きっとこの状態から脱出は不可能ではと。傾いて、視界に地面が近付く。


「俺は何を……!?」


 何を考えているのか、サシャにも皆目見当が付かない。だから、この後にどういう動きで自分の装備を破壊してくるのか倒れながらも思考する。しかし昴の腕は頭を包んでいて攻撃を加える様子も無い。動けぬまま、両者は砂埃を巻いて転倒。


「だ、大丈夫か……?」


 サシャは真上から掛けられたこの一声で理解した。昴は模擬戦とは言え、相手を転倒の衝撃から庇ったのだ。


「……どうして、こんな事を?」


「あーそれは自分でもわからん。ただ頭ぶつけるのは痛いだろ」


「あくまでも模擬戦ですが……それに鍛えていますっ」


「細かい事は気にするなよ。……ところで頭って鍛えられるの?」


 倒れた状態で、わざわざ髪に付着した砂まで払ってやる昴。気が利いているのか弄っているだけなのかそこはわからなかったが。


「それにしてもだ……」


 立ち上がる為に手を貸しながら――そこまでする必要はあるのだろうか――昴は呟く。独り言と言うには少々音量の大きな声で。


「サシャ君って意外と細いんだな」


「は……!?」


「ん?」


 どうやら再び見えない琴線に触れてしまったらしい。握られた手に力が籠もる。膝立ち状態のサシャの側に引き寄せられ、胸の軽鎧に鋭い蹴りが命中。ぐらついたが、手を握られているので脱出不可能。細腕からは想像も付かない怪力に引かれつつも、昴は自身の置かれた状況を自分の耳に届いた音と感覚で把握する。痛みの原因である足はまだ胸元に。そこにあったはずの軽鎧は既に砕けている。この体勢から行われるであろう動き、それは。


(投げ、られる……!)


 一瞬だった。世界が上下反転したかと思えば、次は視界全てが青に。胸よりも強烈な痛みが背中を襲い、予期せぬダメージに苦痛の呻きを上げる昴。立ち上がろうにも衝撃が大きく体に残り、力が入らない。負けたくない、その一心で無理矢理自分の体に命令するが、受け付けてくれなかった。


「……どうします?」


「あぁ……俺の負け、だな……立てねえや」


 敗北。勿論その文字は嫌いだったが、ここまで全力で動いたのはいつ以来かと考えると、不思議と高揚感の方が勝っていたのだ。


「楽しんだもん勝ちってか?」


 自嘲気味に笑みを作っていると、遠くの方から開始時に鳴らされた鐘と同じ音色が何度か響いた。


「サシャ君、今度絶対にリベンジして……再戦仕掛けてやるからな」


「負け惜しみではない事を期待していますよモロボシ様」


 こうして昴の異世界での初戦は敗北で幕を閉じる。次こそ勝利するという野望が芽生えた瞬間だった。

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