第1話「パラレルワールド!?」33

 まず最初に動いたのは昴だ。持ち前の瞬発力を生かして鐘が鳴ると同時に僅か二歩でサシャの懐へ潜り込む。そこから、右、左、右とリズム良く拳を繰り出す。

 対するサシャはそれを動かずに上体を反らして交わす。さすがは訓練されている騎士だ。

だが昴はその少ない動きに納得がいかないのか拳のラッシュから一転、踏み込んだ足を大きく蹴り上げる。

砂埃を巻き上げながら放たれた鋭い蹴りはサシャの胸の鎧を浅く擦った。


「ええ、なかなか良い動きをしていると思いますよ」


「俺もまさかここまで見切られるだなんて驚きだぜ……!」


 ほんの少し息を整えようと後ろへ下がろうとした昴の腕に、急に重さが加えられる。まるで左腕にだけ錘を乗せられたかのようだった。


「なっ!?」


 半歩、引くのが遅かった。サシャの小さな手が視界に映った。彼の小さな手は昴の手首を万力の如き力で挟み込みどれだけ引っ張ろうが離そうとはしない。


「まずは一つ、頂きます」


 その声が聞こえたと思えば、左腕には強烈な鈍痛が走った。見れば装甲がボロボロと崩れているではないか。

それがサシャの膝蹴りによって引き起こされたものだと気付くのに数秒掛かってしまう。痛みに顔を歪めながらも距離を取らねばと、背は決して見せずによろけながらも後退。左腕の調子を確かめる。


「いってぇー……」


 サシャの技術力なのか、動きは正常だ。まだ動かせる。勿論骨にまで響くような感触はあったが。


「今のは、効いたよ……」


「でしょうね。手加減はしておりませんから」


「だけど、お陰でスイッチが入ったみてえだ……!」


 再び直線に走って接近戦に持ち込もうとする昴。きっと避けられる事は無いだろうと踏んでの行動だ。

それを読んでいたのかはわからないが、サシャは先程同様に身構えるだけで動く気配を見せない。走る最中に強く拳を固め、射程圏に入った瞬間に下方から左手を。


「速さはありますが……この程度――」


 防御を取ろうともしないが、昴の攻撃はそれだけじゃない。視界の端、見えるギリギリの上方から同時に右手が打ち込まれていたのだ。


「くぅ……!」


 左手は抑えられたが右手はサシャの肩の装甲へ吸い込まれた。

一撃、とまではいかないがそれでもダメージはしっかり通っている。瞬時にそれを理解した昴はバランスの崩れたサシャの両足の間に自分の片足を滑らせて当て身。よろけたところに真正面からの腹部目掛けて蹴りを見舞う。

 流れるような攻撃に両腕を交差させる事で何とか衝撃を殺し、倒れるまでは防げた。少々侮っていた、と心の中で反省をする。


「さすがは姫様のアイギアですか……その動き、どこで学んだのです? 見た事がありません」


 勉強熱心なサシャは昴から視線を外さずに問う。痛みはあるだろうが決して顔には出さない。


「あー……独学、かな? 経験と合わせての」


 対する昴は口の端に笑みを浮かばせ、体を揺らしてリズムを取りながらそう答えた。どうやら自分の満足出来る動きが出来て嬉しいらしい。

ギャラリーも今の昴の動きにはかなり感心を示している。


「やっぱり楽しいよなあ。体を動かすってのはさ……サシャ君もそう思わないか?」


 上機嫌な昴は深呼吸をしてからそんな言葉を投げかけたが、その言葉は相手には届かなかったみたいだ。

 突如として間合いを詰められ慌てて顔の前に防御の姿勢を構えたが、サシャが狙っていたのはそこではなく、足だった。臑に蹴りが決まると、気持ちの良い金属音が響く。ぐらりと世界が傾くが立て直せる訳もなく無残にも地面へ横から倒れる。


「っ……」


 昴は咄嗟に、上から足が降って来て踏まれるのではないか、と心配したがそれは無かった。あくまで喧嘩ではなく模擬戦だからだろうか。自ら転がって、サシャを視界に入れつつ立ち上がろうと片膝に。すると息つく暇も無く再び接近する姿が。


「この!」


 態勢を変える為に無理矢理に突進。全力には到底及ばないが、ダメージを与える事は出来るはずだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る