第1話「パラレルワールド!?」10

「酷い目にあった……」


 結局昴だけ別室に移動し、服を借りる事――ほとんど貰ったも同然である――となった。自宅で着ていたジャージは砂だらけな上に先程の大きな濡れ。この状態で居る方がおかしいのだが。


「はあー……すげえなこれ。好きなのとは言われたけど派手過ぎんな……」


 思わず溜め息を零してしまうのは衣装を吊るしたケースの中身を見てしまったから。一体どれだけあるのか定かではないが色毎に並べられたそれを見て呆気に捕られ、手にとって更に驚愕。生地そのものが光を反射しているのかそれとも発光しているのかと思ってしまうような衣装。しかしそれでいて硬くもなく重くもなく、羽根のように軽い。


「高い。絶対高い……ああ金の単位とかも違うんだろうか……?」


 数ある衣装の中から選び出したのはさらさらとした肌触りの紺色に白のラインが入ったまるでスーツのような物だ。着方もファスナーが付いていないだけでボタンで留めたりするなど構造は同じ。それを身に纏った昴は隣にある無駄に大きな姿見で自分の姿を確認してから部屋の外へ。


「あ、申し訳ありません……私の注意が足りなかったから……」


 外に出るとリリスがまだ自分の非を感じているらしく縮こまっている。ここでどう答えるかで昴の印象は変わってくるだろう。


「いやもう大丈夫だから。気にしないでくれ。そういやレイには聞きそびれたんだけど、俺は……帰れるのか?」


 来た道があるなら帰る道だってあるはずだ。自分の体内時計が示しているのはあれから数日、“ここ”に居る事。

 海外で仕事中の両親にも連絡が行っている頃だろう。あのような親でも心配を掛ける訳にはいかない。仕事先に付いて行かず一人残って生活したりなど、只でさえ迷惑を掛けているのだから。


「あの、そのお言葉の意味は分からないんですが、えっと……多分、今王宮から出られたらお嬢様がお困りになるかと」


 リリスの言葉に耳を疑った。彼女は確かに言ったのだ、困ると。理由は何だろうか。


「それは……どうして?」


「女王様が仰っていたらしいじゃないですか。剣闘会にご出場なさるように、と……聞いていなかったのですか?」


忘れる訳が無い。だが、それが何故レイセスを困らせる事になるのか、まだ理解が追い付かず、質問を続ける。


「聞いてたさ。聞いてたし、忘れてないよ。だけど、そいつと何の関係が……」


 額に手を当て、関係性を探り出す。その答えは、すぐそこにあった。


「答えは……女王の命令だから、か? だから俺が帰るとレイに迷惑が掛かると? そりゃあ約束すっぽかしたら大変だわな」


 そんな事にも気付かないなんて、と自身の鈍った頭を叩く。恐らく、牢屋生活で然程頭を使わなくなったからだろうと勝手に理由を付けてみた。


「なら、当分帰る事は出来ねえって訳だな」


「ですが、スバルは帰らないといけないですよね……」


「お、お嬢様いつの間に」


 遅くなった二人を見に来たのだろうレイセス。お礼をするために喚んだはずの昴に苦労させたくない、という思いもある。同時にもっと一緒に居たいという思いも。それらが混じったのか、笑いたくても笑えない複雑な表情だ。


「スバルは自分の場所に帰らなければいけないなのです……確かにお母様の言いつけを守らなければ罰を受けるはずです」


 あくまでも淡々と、自分自身に言い聞かせるかのように語るレイセス。


「でもスバルを助けたという事実だけで私は充分ですから――」


 段々と声が揺れ始めた。綺麗な蒼い瞳にはうっすらと涙が滲んでいる。泣かせてたまるか、とでも言わんばかりの速度で昴は割り込む。


「退路が無いなら前に進むしかない。せっかく進むんなら、最善のルートだろ? 前にも道が無いって? そんなら作るしかねえよ」


 それに見かねた昴は今出来る最大の言葉を選んだ。相手を傷付ける事無く、自分を勇気付ける言葉を。


「良い、のですか……? ノドカが待っているはずですし……」


「ん~あの人は……心配こそしてると思うけど、なんだかんだで信頼してくれてるっつうか……今恐らく一番迷惑掛けてるのは事実だけども……」


 ガリガリと頭を掻きながらきっと今頃何らかの行動をしていると思われる、自身の親戚の姿を浮かべた。


「まあ、あれだ。あの人は強いんだよ。だから大丈夫さ。負担掛けた分はその内埋めるよ」


 根拠の無い自信だが、不思議とそう思えてくる。昴には言葉として表現出来なかったが、きっとこれが信頼というものではないだろうか。目に見えない心の話。


「私は誰だか存じ上げませんが……きっととても仲が良いんですね!」


「ええ。仲睦まじい感じで……ちょっと羨ましかったです」


「そんなもんじゃねえとは思うんだけどなぁ? 確かに特別仲が悪いって訳でも無いけど……普通だろ? 親戚だし」


 今までは落ち込み気味だった空気が一気に明るくなる。暗いよりも明るい方が女の子には似合っている、と昴は思う。


「何はともあれ、だ。その剣闘会が終わるまではこっちを楽しませて貰うよ。それだけの余裕くらい見せ付けてやる」


 こうして昴は、この異世界に暫くは留まる事になったのだ。様々な違いを受け入れ、適応していこうと。それこそが今出来る最善のルートを辿る、という事だろう。

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