第1話「パラレルワールド!?」09
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命を脅かす危機からの救出後、レイセスとその使用人らしき人に案内された場所は、何の因果か昴が目を覚ました部屋だった。全ての起点となった部屋。良い思い出はない。
「すぐにお茶をお持ちしますね」
「ああ、はい。どうもありがとうございます」
二人を椅子に座らせると、使用人は会釈をしてからそそくさと部屋を後にする。何故か流れる気まずい雰囲気。昴は話をしたい事が多すぎて切り出せないでいた。
「ああー……ええっと、レイセス……さんで良いのかな……?」
このまま沈黙した状態はあまりにも耐え難かった昴が話題を持ち出す。
因みに、さん付けでレイセスを呼んだのにはちゃんとした理由がある。先程、女王が『我が娘』と言ったのを思い出したからである。つまり、とても身分の高い人なのだ。
本当は、様を付けるのが良かったのだろうが、昴は人を日常会話でそんな風に呼んだ事が無かったので、さん付けになってしまった。
アルバイトでは客に対して様呼びだったが。事情が全く違う。
「レイ、で良いですよ。皆様そうお呼びになりますから」
レイセスは柔らかい笑顔を向けてくる。昴には一つ一つの仕草が高貴に見え、感じた。育ってきた環境が、次元が違うんだ、と。
「そんなに軽くて大丈夫なのかな? 女王様の娘……要はお姫様、なんだろ? 俺にはよくわからないけど」
「……確かに、私はアステリア国の王位第一継承者という大きな肩書きがあります。でもその前に一人の女の子ですから……スバルとは、皆さんとは今だけでも平等に接したいんです……」
身分の高い人間の葛藤なのだろうか。その声には悲しみの色が強く含まれていた。
無論昴には到底縁の無いものではあるのだが、理解しない、という訳にもいくまい。
「――オッケーわかった。切り替えてこうか……じゃあ、改めて名乗るよ。俺は諸星昴。よろしくな……んじゃあいきなりで悪いんだけどレイに聞きたい事があるんだ。山ほど」
「構いませんけど……何でしょうか?」
「……俺はどうして“ここ”に居るんだ? そもそもここは何なんだ?」
まずは一番知りたい事。真剣な眼差しでレイセスに問う。
「お礼が……したかったんです」
「お礼……? もしかして、助けたお礼にって?」
「そう、です。最初は自分でも戻れるかわからなかったのですが……何かに反応して、いつの間にかこの部屋に……でも、まさかあんな事になって苦しめてしまうなんて……ごめんなさいっ」
先程とは打って変わって、目尻に涙を溜めながら話すレイセス。
昴は何とか慰めようと慎重に言葉を選ぶ。使用人が戻って来たらまた厄介事になりそうだから。姫様を泣かせた、大罪だ、裁判だ、と。もうあんな物はこりごりである。
「あーそうじゃなくてな? その、別に怒ってる訳じゃないんだ。知りたかったんだ……これが現実なのかどうかを」
「……本当です。――――申し訳ありませんが、現実、なんです」
「そっかあ……なら、良いさ。受け止めて、進むしかないんだ。来たなら戻れるだろうし」
コンコン、と扉が控えめにノックされ使用人が戻って来た。どうやら、出て行った使用人とは別の人がお茶を持って来たみたいだ。
「お嬢様、お茶とお菓子をお持ち、いたしました……ぁ」
「ん?」
その人は昴を見るなり硬直。それに気付いたレイセスは使用人の名を呼ぶ事でそれを解除する。
「どうしたの、リリス?」
リリスと呼ばれた赤髪の少女は、レイセスの声で我に返ったみたいで、いそいそとお茶を準備していく。昴が気になるのは、その手元が妙に震えているのと、こちらを伺うように見てくる事だ。
「んー……あ、君はあの時の?」
記憶の糸を辿り、行き着いた。
「はい! あの、先日はありがとうございました!」
深々と頭を下げられ困惑するのと同時、リリスの手元からティーポットがするりと抜け落ちる。しかし昴の反射神経が炸裂。この距離で落ちても掴めて当然のはずだ。だからこそ動いてしまったのだ。
「あっつ!!」
咄嗟に受け止めたのが間違いだった。昴はキャッチしたはずのティーポットを空中に放し、逆さまになった事で中身が全部太腿に掛かる。熱を帯びた液体が服に染み込みじりじりとした痛みに襲われ、思わず跳び上がってしまう。
「す、すみません! い、今お拭きしますので……!」
「大丈夫ですかスバル!? リリス、急いで着替えを持って来て下さい!」
リリスは持っていた布巾で太腿の辺りを拭き始め、レイセスは心配しながら駆け寄り指示を出す。女の子にここまでされて昴は赤面しながらも何とか声を上げた。
「い、いや、大丈夫だから! ……な? このくらい黙ってりゃ乾くって!」
「火傷でもしてたらどうするんですか!? まずは治療します……! リリス、手伝いを!」
「は、はいお嬢様! すみません、動かないで……!」
何やら不穏な空気を感じ取った昴は、椅子から立ち上がろうとした。だがしかし、それは自分よりも小柄なリリスによって防がれ、あまつさえ、羽交い締めに。
「おい、離せっ……あれだろ、さっき姫様級の扱いにって話が出たんだからこれは――」
力に自信がある訳では無いが、少女一人ぐらいなら負ける気がしなかった。
一向に逃れられそうにない。 何故なのか。逃げる気力が無かったのか、それとも状況に甘んじてしまったのか。
それを知る術は、残念ながら無い。
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