「即興」2 無題

「ねぇ、本当のことを言って。」


 真由美が睨みつけてくる。

 への字に曲がった口元は、口紅でてらてらと光っていた。


 こういう女は綺麗と思うより先に色気に当てられる。化粧をしたら女は変わるというけれど、作り物じみた目元はいっそ芸術品みたいだ。睫毛の長さはバサバサ音がしそうなほどで、黒く縁どられた攻撃的な瞳に獣の森の陰を与える。女豹の艶やかな唇が誘うような油断を見せて薄く開いた。


「妹だなんて嘘吐いて、どうしてあたしが彼女に遠慮しなくちゃいけないわけ?」

「色々とあるんだよ、悪かったと思ってるからこうして、お高いホテルの予約でも文句言わずに取ったんだろう。」


 一流のホテルの、やたらと高い階の、やたらと高い値段の部屋だ。これだけの出費を強いておいて、やっぱり水に流すのは無理だなんて、そんなのさすがに酷いんじゃないのか。


 淡いライトの光に満たされた部屋で、なんでこんな不毛な言い争いを続けているんだろう。暖色の明りがいいムードを懸命に演出して、さあやれ、すぐやれとばかりに人の理性を破るべく焚き付けてくる。


「本当に悪いと思ってたら、まずは説明するんじゃないの?」

「面倒臭ぇなぁ、」

「なんか言った!?」


 あんまり面倒だったから、横抱きにしてベッドの上に放り投げてやった。

 スプリングの効いたベッドが軋んで、真由美の軽い身体が跳ねた。


 それから俺は彼女の隣に飛び込んで、シーツを掻き分け、彼女を抱きすくめた。

 真由美はくすくす笑って、細い腕が背中に回される。


 なんだ、その気なんじゃないか、と安心してたら裏切られた。


「ごめん。」

「だーめ。誤魔化されないんだからね、彼女はダレ?」


 まだ続けますか。しょーがないなぁ。

 返事の代わりに首筋を舐めた。





 実を言えば、誤魔化す必要などないのかも知れない。

 真由美が勘繰るような不都合な事実など、今の俺にはないから。彼女は確かに昔付き合った女の一人ではあるけど、別段、大切な思い出というほどの記憶はない。

 ただ、印象がずいぶん変わってしまっていたし、なんだか言動がおかしかった。


 心を病んでいるという彼女の告白を鵜呑みにしたわけじゃないけど。

 昔付き合いがあったにしても、それを人前で平然と口にする彼女はどこかがおかしかった。


 俺と、まだ付き合いが続いているかのような言い回しが、妙だった。


「本当に何もないよ。」

「でも、彼女、あなたと一緒に住んでますとか言ってたじゃない。」


 真由美は唇を尖らせて、俺の身体を引き剥がそうと腕を突っ張った。


「今、俺、誰と同棲してたんだっけ?」

「あたし。」


 呆れた口調をわざと作って、彼女の望むままに身体を退けば、まるで縋るみたいに細い腕が追いかけてくる。手首を捕まえて、白い手の甲に気取ったキスをした。


「彼女と暮らしてたのは違う街だよ。偶然、出会っただけだ、ちょっと病んでるみたいだったから、誤魔化したんだよ。」

「そう? あたし、別にフツウに見えたわよ?」


 別れた理由を知れば、真由美も納得するだろう。

 躊躇したが、結局は言わないことに決めた。言わなくてもいいと思った。


「気になるか?」

「気にしてないわ、ムカつくだけ。」


 真由美が鼻をつまんで振った。

 顔を背けて逃げた。


「けど、



(時間切れ)

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