オーガとメロンパン

 熊に遭遇したら目を逸らしてはいけないと聞いたことはある。

 隣の少女はその格言を実行しているかのように、もぐもぐと口を動かしながらも相手を睨みつけていた。

 いや、それは「熊」の話であって、目の前にいるこのモンスターは熊じゃない。人食い巨人、オーガだ。

 俺は棒立ちになって、必死に「逃げろ」と動かない両足に命じていた。

 ぎょろりと剥き出しの大きな一つ目は睨み合いに負けるものかとばかりに少女をねめつけている。半開きの裂けた口からは大量の唾液が流れ出て、薄気味悪く地面に染みを付けていた。

 赤銅色の肌はまるで本物の鋼のように引き締まった体躯に見合って、さらにこのモンスターを強面に見せていた。

 毛皮のパッチワークみたいな襤褸を体に引っかけて、その切れ端には人間らしき頭皮も混じっていて吐き気が込み上げた。こんなモンが、どこからやって来たんだろうという疑問と共に口一杯に広がる。

 2メートルを越える巨体を屈め、低い唸り声を喉の奥から滲ませて、体臭ときたら鼻が曲がりそうだ。死臭と腐臭と垢にまみれた不衛生な臭いが空気まで歪める。

 メロンパンを口から離し、少女は眉を顰めた。ものすごい匂いに鼻を摘まむ。

「これ、欲しいんだ?」

 齧りかけのメロンパンを細い指先で摘まみ、少女は生意気な口調でそう言った。

 巨体が、似合いの太い腕を差し出す。

 さっ、と引っ込めた少女は、半分ほどになった黄緑色の美味しそうな丸いパンをさらに小さくした。

 少女の小さな口ががぶりと噛み付いた時、オーガの裂けた口は大きく開かれた。驚きの表情。

 その時、俺は心の中で悔やんでいた。……あと5分早ければ、俺のを差し上げましたものを! と。


 5分前なら、俺もそっくり同じ黄緑色のカメさんメロンパンを袋にいれたままの状態で持っていたんだ。

「ねー、それもちょうだい。」

 自分の分を食べ終わって、彼女は俺に手を差し出した。

 なんてずーずーしいんだ、とか思いながらも俺は彼女には甘いから、別段躊躇もなく袋のままメロンパンをくれてやったのだ。

 彼女、玲緒奈は一つ年下の幼馴染で家も近所だから一緒に帰る途中だった。(この後、主人公とヒロインの容姿描写、舞台描写からの~変身シーン。その流れで戦闘。)


(中略)

 玲緒奈が跳んだ。そのまま空中で戦闘モードへ切り替える。俺も即座に耳たぶに手をやり、モードONに切り替えた。耳たぶへ装着するタイプが開発されてから、ファッションはかなり自由自在になったもんだ。ピアス型の戦闘スーツ精製



(中略)

 振り上げられたオーガの太い腕を、そのまま両手で押し止めた。地面が抉れて、俺の足を後退させる。

 戦闘用ユニットスーツを通しても衝撃が響く。どんだけパワーあるんだ、コイツ。

 そのまま体重を掛けてくるところを、身を捻って背負い投げに持ち込んだ。二メートルの巨体が宙に浮きあがる。さすがにオーガもそのまま投げられてはくれず、もう片方の手で俺の頭を狙ってきた。

 ゴーグル部分は脆弱な造りだと知っているわけじゃない、そうと解かっていても咄嗟にヤツを放り出してしまう。

「くっ、」

 ほんの少しの間合いが出来たが、そんなもん、ことモンスター相手には無いに等しい。ぐん、と伸ばされた腕のリーチは人間の比じゃなく、両手をクロスして防いだ俺を軽々と吹き飛ばした。そして瞬発的なジャンプ。

 猛スピードで追い迫り、着地したと同時に襲い掛かってきた。

 奴の両手が掴みかかる態勢へ、俺を捕まえて引き裂こうとする意志が獰猛な咆哮に滲む。奴の手の動きだけに集中するんだ、さすがに掴まれたらヤバい。時間差を狙って、オーガの右腕だけがまず動いた。

 集中が時間感覚を捻じ曲げ、スローモーなコマ送りの中でオーガの尖った鉤爪の五指が開かれる様までがくっきりと知覚される。右、コンマ何秒かの差をつけて届いた手の中央に、俺の手を滑るように這わせる。指と指の隙間に自身の指を割り込ませ、力を込めた。

「グガァァ!」

 衝撃と激痛による悲鳴がオーガの口から迸る。パワースーツの手指に宿る力はどのモンスターにも引けを取らない仕様だ。このまま握りつぶしてやる。

 掴みとった拳をヤツが振りほどこうとするが、こっちも離す気はない。もう片方の腕を上げて、オーガはまた攻撃姿勢へ。俺も素早くもう片方の手を構え、飛んできた拳をまた受け止めた。

「玲緒奈、フォロー頼む!」

「嫌だ!」

 即答してんじゃねぇ! 玲緒奈は腕のユニットを変形させて、ガンスリンガーモードへ。右腕のユニットが瞬く間に形状変化、質量を前方へ移動して腕にガトリングガンを形作っていく。

 クリティカル距離で変形完了、素早く身構える。

 そして、俺もろともオーガに機関銃をお見舞いした。

「グォォォ!」

「いててて!」

 俺ががっつり四つに組んで押さえている、いい的と化したオーガの周囲に幾つもの血の飛沫が咲いた。

 スーツを着ている俺の身体にも容赦なく弾丸が降り注ぐ。内部にガンガンと不快な音が鳴り響いて耳鳴りがした。

「てめー! 玲緒奈! 後で覚えてろよっ!」

 怯んだオーガの隙を見て、俺は右手を大口径ショットガンへと変形させた。上部にパイルバンカー付きの凶悪仕様だ。胸倉を掴むように抉りあげ、そのまま前進、「おおぉぉぉ!」力任せに道路の端へと押し込んでいく。すでに俺は助走から突進へ移行し、勢いのままこの凶悪なモンスターの終焉を後方のビルへと狙い定めている。

 もがくオーガを逃さぬよう、上部射出ユニット解放、鋭い杭がモンスターを貫き通す。パイルバンカーが巨体をビルの壁へと縫い付けた。

 喰らえ、大口径45mm砲のフルバースト。凝縮された火炎弾が叩きつけられ、瞬時に魔物を火だるまに変える。

 断末魔と共に狂ったように振り回す腕が、俺を弾き飛ばした。

「へたくそ!」

 叫ぶ声。後方から玲緒奈が放った弾丸が、モンスターの頭にヒット。爆ぜた。

 一瞬のことだ。もんどりうって倒れた俺のすぐ傍、暴れる足元にいつ踏みつぶされるか解からないところを救われた。身を起こし、止めときゃいいのに奴に視線を向けた。

「おえ、」

 まともに見ちまったじゃねーか、下あごだけ残ってるとかエグ過ぎる映像だ。

 どさりと倒れたオーガの周囲には悪臭をかき消すほどの、焦げ臭い匂いが漂っていた。


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