第7話 儂の神舞螺焼


「えと、どちらさんで?」

「うむ。わしは隣町で陶芸をやっている者だ。コウヤマチンゲンサイと申す」


 コウヤマ老人は持参した木箱をゴトリとテーブルに置くと、作務衣の懐から名刺を取り出して差し出した。陶芸家・向山陳玄斎と書いてある。メールアドレスはビッグローブ。URLはhttp://www.kouyama.chingensai.com/だった。独自ドメインかよ、とヨシカワは思った。名刺を見ていると、コウヤマ老人は、


「作品の通販もやっておりますよ」

「はあ」

「千葉崎町役場のスドウさんからメールが来ましてね。そんでこうして伺ったわけなんですがね」

「なるほど」

 今度はスドウの仕業か。まあ隣町だろうが東京湾の向かい側だろうが、とりあえず食えるもんならなんでもいい。撮れ高さえ足りれば速攻で撤収だ。


「コウヤマさんと、おっしゃいましたか。陶芸家というのは本職でやられているのですか?」

 ヨシカワは名刺を見ながら、老人に尋ねた。


「え、ああ、いやまあそれはあーちすととしての名刺でしてな。生業は他にありましたが今は息子に店を譲りまして、わしは引退して悠々自適にやっとります」

「ほほう。お店ですか」

「うちは長年そば屋をやっとりましてな。最初は店で使うそばちょこを自分で焼きはじめたのですが、それが高じて本格的にやるようになりました」

 そうか。飲食店のオヤジであれば多少マシなものが出てくるだろう。ヨシカワは内心ホッとした。木箱しか持ってきていないが、何かそば粉の生地的なものが中にあるのだろうか。


「土がね」

「は?」

「実は店の厨房の床下に潜り込んで掃除しとったらですね、天ぷら油が床板に染み込んでそれが垂れて地面に溜まってましてね。そこの辺りの土が好い感じに粘り気のある状態になっとったんですわ。ねっとりとね」

 まさかそれを食わせる気じゃねえだろうな、おい。ヨシカワは身構えた。


「そいで、それをこうやってスコップでね、削り取ってボウルに集めましてね。練るんですな。しっかりと。結構固いんで最初は練りにくいんですが、だんだん体温が伝わると緩んできて捏ねやすくなるんですよ」

「はあ」

 床下の油粘土を食わされるのはマジ勘弁だとヨシカワは思った。油粘土……。




「さあ、めしあがれ。タケシくん」

 かめぐみで一番かわいいと評判のメグミちゃんが、ぐいっと皿に載せた油粘土をタケシに差し出した。


「あ、ありがとう。これはなに?」

「みればわかるでしょ。かれーです」

「か、かれーなの?」

「タケシくんかれーがすきだってゆみちゃんからきいたからいっしょうけんめいつくったんです。ゆみちゃんのかれーはたべれてもメグミのかれーはたべれないですか」

「いえ、たべますたべます」

 タケシは、あむあむと言いながら食べる演技をした。辛さを表情で表した迫真の演技だった。しかし、それはメグミには通用しなかった。


「そんなうわべのえんぎにはだまされないわ」

「えっ」

「なによゆみちゃんちではかれーたべたんでしょう」

「あ、いや」

 確かに昨夜母親に連れられて遊びにいったタカシマユミちゃんのおうちで晩ご飯をごちそうになった。母達はなにやら深刻な感じでずっと話込んでいたが、その間ユミちゃんとその妹のミホちゃんと3人でサラリーマン家庭ごっこをやっていたのだった。が、それをなぜメグミちゃんが知っているのだ。タケシは混乱した。


「たけし、さいきんちょうしにのってるよね」

「そんなことないよ」

「うそおっしゃい! もてきとーらいとかおもってるんでしょう」

「もてきってなに」

「しらないけど、なんかうかれてるじょうたい」

「そんなことないよ」

 タケシは必死で否定した。メグミは急に黙ったと思ったらついにメソメソと泣き出してしまった。


「タケシくんはメグとユミちゃんとどっちがすきなの」

「え、いやメグちゃんだって」

「うそだ」

「うそじゃないよ」

「ぜったいうそ!」

「ほんとだって」

「しょうめいしてよ」

 メグミはキッとタケシを睨みつけた。5歳にしてこの迫力である、末恐ろしい少女だった。


「しょうめいってなに」

「メグをあいしてるってことをみをもってしめすのよ」

「あいして……る……?」

 たしかこれはドラマとかああいうので男の人が言うヤツだ。すきだのもっときょうりょくなやつだ。タケシは背筋が寒くなった。だいたいこれを言った人は、その後で死ぬ。


「あいしてるなら、かれーをたべなさい」

「あ、うん」

 タケシはまた、あむあむと演技をした。さっきよりもオーバーなアクションで食べるジェスチャーをしてみた。


「あんた、ぶたいなめてんの?」

「あ、いえ、そんなことないです」

「ほんきなら、たべれるよね」

「え」

 メグミにじっと見据えられて、タケシは逃げ場を失った。そして、油粘土のカレーライスを口に運んだ。味はよく覚えていない。灰色のイメージだ。なにより匂いがキツかった。そのまま2、3口食べたところで、嘔吐してしまった。先生が走ってきて、あわてて保健室に連れて行かれた。母親が呼ばれて、病院へ行った。医師は、特に毒性はないので心配はいらないと言っていたらしい。大人になってから笑い話として母親に何度も聞かされた話だ。メグミとはそれっきり卒園まで一度も話さなかったし、小学校も別々になったので、それっきり会っていない。粘土を食うほど愛していたのに、色恋なんてものはあっけないものだ。ユミとは高校で再会して一度だけセックスした。




「で、電気窯でじっくり焼成したものがこれです」

「は?」

 コウヤマ老人が木箱から取り出したのは、なんだか凸凹した感じの陶器だった。ざらついた表面に、中途半端な色がなすり付けられている。


「これは?」

「儂はこれを神舞螺焼と命名したのですじゃ」

「は?」

「神の舞いの螺鈿のラで、神舞螺じゃ」

「いや、字じゃなくて」

 食い物ですらなかった! ヨシカワは一瞬ホッとしたが、目的を果たせていないことを思い出して地団駄を踏んだ。


「あの、食べれるもんはないんですか、あんたそば屋でしょ? 食いもん屋でしょお?」

「おおう。お兄さんそんなにカリカリしたらあかんよ」

「一応グルメ番組なんすよ。食レポしないとならんのですよ。それ食えますか。食えないでしょう? ちょっとスドウさんどういう説明したの? スドウさん?」

 スドウもいなくなっていた。どいつもこいつも。


「なんじゃそうか。焼物というんでな、儂の出番かと思って駆けつけたんじゃが。申し訳なかったのう」

 老人はしょぼんとして陶器を木箱に仕舞った。

「え、いえ。失礼しました。すみません。そういう番組じゃなかったんですよ」

 老人は、ええよええよと言いながら子ども達の隣に座った。店内にはずいぶん大勢の人間が集まっていた。事の成り行きが気になるのか、誰も帰らなかった。


 しかし、どうしたものか。キジマもスドウも姿を消した。何か仕込んでいるかもしれないが、これまでのラインナップを思うとあまり期待はできない。この際、なにか新メニューをでっち上げてでもきっちり30分撮って東京に帰らねばならん。


 どうする。何を焼く。かぶらってなんだ。かぶらやきってなんなんだ。


「よし。わかった。お店の方いる?」

「ああ、はい」

 スドウの母らしき人物が厨房から顔を出した。よく似ている。

「新しいボウルもらえますかね。大きいヤツ」

「ええ、どうぞこちらを」

 スドウの母らしき人物がヨシカワにボウルを差し出した。ヨシカワは受け取ると、ギャラリーに向き直った。


「じゃあみんなでここに、その辺にある食材を全部入れちゃって」

 ヨシカワは一か八かの賭けにでた。


つづく

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