第6話 ぼくらのかぶらやき


 子どもたちが店内に整列すると、リーダーの少年が一歩前に出てしゃべりだした。

「ぼくは代表委員のムトウケイゴです! ぼくたちは千葉崎町立西千葉崎東小学校六年一組です! 今日は、ぼくたちが考えたかぶらやきを見てもらいたくて来ました!」

 ムトウケイゴが一歩下がると、他の児童が一歩前に出た。


「ぼくたちは、千葉崎がだいすきです! この千葉崎のためになにかできないかずっと考えていました」

 そういうと、また一歩下がって、次の児童と替わった。


「ぼくたちは週刊B級グルメイトを毎週見ています。先週のはびっくりしました」

 マリネが苦笑いをした。ヨシカワはしばらく子どもたちを見守ることにして、椅子に腰掛けて腕を組んだ。


 再びムトウケイゴが前に出た。

「ぼくたちにもB級グルメが作れないか、クラスのみんなで話し合いをしました」

 後ろから大きな模造紙を持った二人がガサゴソと広げながら前に出てきた。二人の配置を待ってムトウケイゴが続けた。

「たくさんたくさん話し合って、考えたのが、このかぶらやきです!」

 模造紙が左右に広がると、おおきく「ぼくらのかぶらやき」と書いてあり、中央に茶色い立方体が並んでいて、左には食材が、右には調理方法が書かれていた。


「では、材料の説明をします」

 うしろから別の児童が前に出て来た。大学ノートを開いて説明をはじめる。ヨシカワはだんだんうっとうしくなってきたが、子ども相手にそうも言えず、腕に力を入れて我慢していた。子ども嫌いのマリネはあからさまに不機嫌な顔をしていた。子役とうまくやれればもっとメジャーにも行けただろうになあ。ヨシカワはマリネを抱いた夜のことを思い出していた。




 その夜、マリネは半年間務めたゴールデンのバラエティを降板したばかりで、荒れていた。途中からレギュラー扱いになった人気子役との絡みが上手く行かず、その子役をCMに起用しているスポンサーからクレームが来た挙げ句、次のクールから出番が無いことをマネージャー経由で通告されたのだ。


 バーで相談に乗っていたヨシカワは、すぐに脳裏にハラミドリのことが思い浮かんだ。ミドリももう三年目だ。歴代レポーターの中でも二番目に長い。元々胃腸が強くないので、毎週収録のたびに気分を悪くしてはヨシカワにぼやいていた。


 一方のコガオマリネはレポーターのキャリアはまだ浅く、まだまだ教えることは多いと思うが、とにかく胃腸の丈夫さにかけては特筆すべきものがあった。とにかく子ども嫌いということで、失職の危機にあるのだが、それを改善するのは無理なようだった。


 愚痴っているうちに酔いが回ってテンションが上がったところで、流れでホテルに転がり込んだわけだが、それがレポーター交代のきっかけになったわけではない。むしろ、自分がハラミドリと付き合えるようにするためにレポーターを交代させたかっただけだった。




「これでぼくらのかぶらやきの発表を終わります!」

 子どもたちが、お辞儀をした。ガサガサと模造紙を畳み始めるのを見て、ヨシカワが慌てて止めた。

「ちょっとまって君たち。調理は?」

「え?」

「えって、君たちのかぶらやきを食べさせてくれるんじゃ……」

「あ、ですから、専用プレートがないので作れないんです」

 模造紙を再び開かせると、製造工程の五番目に「専用の型で焼く」とあり、その下にプレートの想像図が小さく描いてあった。


「これじゃあ絵に描いた餅じゃないか」

 よく見ると原材料に餅が含まれている。ほとんどたこ焼きと同じだがタコの代わりに餅が入ってるのがオリジナリティなのか。そういうたこ焼きはどこかにありそうだが、形状がキューブ状なのは珍しいかもしれない。だが、その型がないわけか。子どもたちが動きを止めてヨシカワをじっと見ていた。


「いずれにしても、実際に食べてみないことには番組で採用できるかどうかもわからないじゃないか。一生懸命作ってきてもらって申し訳ないが、仕方ない」

 ムトウケイゴがしゅんとした表情を見せた。ヨシカワは心が痛んだが、さすがにこの状態で番組にはできない。実際に焼けた物があれば、ちょっと面白いことになっていたかもしれないだけに残念だった。マリネが子どもを嫌そうに扱うのも、むしろ面白く撮れたかもしれない。


 引き戸がガラリと開いて、キジマが戻ってきた。

「キジマぁ! お前たいがいにせいよ……」

 怒鳴りつけたヨシカワだったが、キジマが手にしているものを見て、声が小さくなった。

「お待たせしました。ムトウ君、こういうのでいいのかな?」

 キジマは手にしていた鉄の塊を差し出した。大きさはたこ焼き器に近いが、丸い凹みの代わりに四角い凹みが並んでいた。

「あ! はい! こういうのです!」

 子どもたちが拍手して喜んだ。やったぞ! これで作れる、などと口々に叫んでいる。

「スドウ、材料そろうかな?」

「うーん。餅以外はあるけど」

「とりあえず餅以外だけで試してみるか」

 キジマはスドウにカセットコンロを出すように指示した。空いている座卓にセットして、専用プレートを置き、着火を確認した。プレートはちょうど五徳の上に収まったようで、安定している。ヨシカワとマリネは、珍しくテキパキと働くキジマたちをただ黙って見ていた。


「こんな感じでいいのかな」

 スドウがボウルに「ぼくらのかぶらやき」の生地を混ぜてもってきた。ムトウケイゴが泡立て器でかきまぜて粘り気を確認する。

「はい、このぐらいでいいと思います」

「よし、じゃあ焼いてみよう」

 専用プレートに油を塗り、生地を流し込む。キジマはカセットコンロをのぞき込んで火力を調整した。座卓を取り囲んだ子どもたちは焼き上がりをじっと見守っていた。


「スドウ、千枚通しくれ」

「あ、目打ち?」

「どっちでもいいだろ!」

 スドウはキッチンからピックを持ってきた。キジマはそれで、かぶやらき(試作)を引っ掛けて回そうとしたが、うまく引き出せなくて手間取った。ひっくり返してみると、裏側はフチが線上に黒く焦げていた。どうにか焼き上げてみたものの、どうにも黒いフチができてしまう。何度か試してみたが、必ず黒いフチができ、焦げっぽいのでお世辞にも美味くはなかった。

 たこ焼きが丸いのはそもそも熱を均等に入れるためであって、それを四角くしたのでは当然こうなるということは、ヨシカワはすでになんとなく予想していたから驚きはなかった。実際に焼いてみたのも、教育上は悪い話じゃないからそれがはそれでいいだろう。


「なるほど。どうやら、このプレートはダメみたいだな」

 キジマがギブアップを宣言した。子どもたちからええーっという落胆の声が上がった。さっきまで満面の笑みを浮かべていたムトウケイゴも涙目になっていた。しゅんとなる子どもたちを心苦しく思うヨシカワだったが、番組のことを考えるとこれを使う訳にはいかなかった。Bグルはドキュメンタリーではなく情報バラエティ番組だからだ。

 あまりに哀れに思ったのか、マリネが子どもたちを慰めていた。お姉さーんなどと懐かれて、まんざらでもない様子である。頼まれてもいないのに、ノートやメモ紙にサインまでし始めた。


「すいませんダメでした」

 キジマがヨシカワに頭を下げた。

「まあ、しょうがない。だいたいオチは見えていた」

「オチとか言わないでくださいよ」

「で、どうすんだ。まだ仕込みはあるのか?」

「ええ、まあ、一応」

 キジマが目をそらした。まだ隠し球があるのは確かなようだ。


「それで、なんですが……」

「なんだ」

「これ、お願いしますね」

「ん?」

 手渡された茶封筒には(有)イイジマ鋳造と書かれていた。赤い文字で「請求書在中」とある。おいおいおいと思って請求書を引き出すと、「金弐拾参萬円 但、特注鋳造焼き型製造費として」とあった。


「ふざけんなこのバカ!」

 怒鳴って顔を上げるとすでにキジマはいなかった。逃げ足の速いヤツだ。

「野郎……」

 激昂するヨシカワだったが、ぶつける相手がいない。ぐぬぬと拳を引き込めて、ひとまずこの取材をどう締めるか思案した。


 まともに食えたのはカレーと野菜炒め。しかしどちらも名物にはほど遠い。最初の小麦粉焼きは話にならんし、ガキのおままごとも奇跡は起こせなかった。あとは、キジマの仕込みに一縷の望みを賭けるしかなかったが、それはあまりにリスキーだ。保険はかけておくべきだ。どこかに落としどころが欲しい。


 引き戸が開いたのでキジマが戻ったのかと思って振り返ると、和服の老人が立っていた。

「邪魔するよ」

 老人はすすすと歩いて店内に入ってきた。手には木箱を持っている。老人はニヤリと笑い、

「わしのかぶらやきを見てもらえんかの」

と言った。

 見て? ヨシカワは嫌な予感しかしなかった。 



つづく


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