第4話 本物のかぶらやき

「どちらさんで?」

「俺は千葉崎でかぶら菜の生産農家をやっとるもんだ」

 軽トラの男は名刺を差し出した。肩書きは農業、名前はナイトウだった。

「ナイトウさん、本物のかぶらやきとはどういうことですか?」

「どうもこうも、本物は俺の方だよ」

 どうににも話が見えない。ヨシカワは、キジマの姿を探すが、視界には見当たらない。野郎、本格的にバックれたか。スドウは白いかぶらやきの皿を手に、わなわなと震えている。ナイトウはスドウに詰め寄った。


「スドウさん、あんたね取材が来る日を隠すなんて、やり方が汚いよ。これだから役人は信用ならんのよ」

「ナイトウさん、ちょっと、それはここでは」

「とにかく、俺のも食ってもらうよ!」

 ドン、と持参した大皿をテーブルに置き、ラップをはがす。まだ温かいようだ。マリネに割り箸を押し付け、さあ、さあと勧めた。


「スドウさん、役人ってどういうこと?」

 ヨシカワは半笑いで棒立ちになっているスドウに耳打ちした。

「あ、いや、わたしは千葉崎町役場の職員でして。ここは実家です」

「あれは誰?」

「ナイトウさんは元町議で、三年前に役場の女子職員にセクハラで訴えられて議員辞職しました」

 ナイトウが、キッとスドウを睨んだ。

「スドウさん! それ関係ないっしょ!」

「あ、すいません。すいません」

 スドウはペコペコと謝った。


 マリネがヨシカワに目配せをした。どうすんの、と言っている。とりあえず食え、とジェスチャーをした。うぇーっと抗議の表情をするが、仕方なく箸でつまんで口に運んだ。

 ナイトウの持って来た「本物のかぶやらき」は、菜葉の炒め物という感じの料理で、鮮やかな深緑に、何かのオイルが艶をあたえてなかなか美味そうに見える。マリネはザクザクと歯ごたえのありそうな音をさせて食べている。ときおり、うんうんと声を上げるあたりは食レポのプロの成せる技だ。カメラマンはすでに撮影を再開していて、そんなマリネの表情を逃さなかった。


「これ」

菜葉炒めを飲み込んだマリネが声を出した。

「まあまあ美味しいですよ」

「そうでしょう?」

 小太りのナイトウが嬉しそうに体を震わせた。

「ええ、美味しいです。けど、普通の家庭料理ですよね」

「どういうことだマリネ」

 ヨシカワが割り込んだ。


「さっきのアレに比べたら全然マシですけど、なんの変哲もないんですよね」

「いやいやいやいや、おネエさん、そんなことないっしょ」

 ナイトウが声を荒げる。

「えー、でも、炒め加減はちょうどいいですけど、少し苦みがあるし、特別に美味しいとかそういう感じでもないんですよね」

 ヨシカワもマリネから箸を借りて、ひと口食べてみる。



 サカタタケシは中学二年になった春、名字がヨシカワに変わった。

 両親が離婚をしたからだ。タケシは母親と二人暮らしになった。離婚の原因は父の浮気だったからだ。浮気相手には子供がいるらしいことを、タケシは伯母から聞かされた。

 母子家庭になって、仕事を始めた母親の家事を手伝う為にタケシは部活をやめると言い出したが、母親は頑に継続を勧めた。大会や試合に出ないような男子ソフトボール部なんかどうでもよかったのに、「青春を大事に」と譲らなかったのだ。練習もしないでダベってるだけの部だったので、正直ムダな時間だったとは思っている。


 夕方までに適当に時間をつぶして帰ると、小走りで帰ってきた母親がスーパーの袋をテーブルに置きながら、

「ごめんねえタケシ、お腹空いたろ。すぐ支度するからね」

と、夕食の支度をはじめるのが日課だった。


 が、母親はあまり料理が上手くなかった。実のところタケシの方が手際がいいぐらいだ。洗いものぐらいはそのうち任せてもらえたが、料理だけはやらせてくれなかった。女のプライドというのかなんなのか。十年後に父親と再会して、なんで浮気したのか聞いてみたら、ものすごく言いにくそうに浮気相手の方が飯が美味かったからだと泣きながら謝られた。


 そんな料理下手の母親の定番料理に、小松菜の炒め物があった。塩加減と火加減がイマイチ安定しないので、いつ食べても違う味がした。残さずに食べるのが礼儀だと育ったので、タケシ少年はどんなものでも平らげた。


 ある日、母が言った。

「タケシ、



「ヨシカワさん!!」

はっ! とヨシカワは我に返った。マリネに腕を揺すられていた。

「どうしたの?」

「あ、いや、お袋の言葉をもう少しで思い出すところだった」

「なにそれ」

「なんでもない」

 とにかく、これはドライブインの白いかぶらやきの代わりに名物として紹介するというほどのものでもはなかった。ヨシカワは頭を抱えた。とりあえず素材だけでも聞いておくか。


「ナイトウさん、これなんの葉っぱ?」

「カブラナですよ。蕪の葉っぱ」

「名産なの?」

 そういえばナイトウがここに来たときに生産農家だとか言っていた。

「生産農家は町内でナイトウさんだけなので、名産というわけではないです」

 スドウが口を挟んだ。ナイトウが睨みつける。

「俺のカブラナにケチつけるんかい!」

 いやいや、とスドウは手を振って後ろに下がった。


「かぶら、はいいけど、これって別に焼いてないですよね。炒めてる?」

「細かいこと気にすんなや。火は通してるで」

「これってなんの油ですか?」

「オリーブオイルだ。朝いっぱいかけてるでしょう、タレントさんが」

 ああ、と一同は思った。

「オリーブオイルは地元産ですか?」

「なわけあるかい。本場イタリー産の高級品だぁよ」

 ナイトウは威張るが、それでは個人の農家の作物を個人的に料理したってだけじゃないか。全然地元グルメじゃない。


「それはBグルでは扱えないとLINEで言ったじゃないですか」

 キジマがいつの間にか戻ってきて、言った。

「おお、お前キジマんとこの次男坊か」

「お久しぶりですおじさん」

「でかくなったなぁ」

「三年前に会ってますよ」

「そうだったか」

 三年前のセクハラ騒動のときに取材陣に同行していたのを思い出したのか、むにゃむにゃと声が小さくなった。


「キジマ、コラキジマ」

 ヨシカワが背後からキジマの脇腹を小突いた。

「はい、はい、すいません、はい」

「だいたい、想像はつくが、俺の、想像通りか?」

「う」

「どうなんだ」

「はい、想像通りです」

 テメコノヤロとつぶやきながらぐりぐりを脇腹をえぐった。キジマはすいませんすいませんと小声で身をよじった。


「どうすんだよ」

「実は、真のかぶらやきがもうすぐ届きます」

 キジマがこっそりとヨシカワに言った。

「どういうことだ」

「本命です。最近この辺に移り住んだ料理研究家の人が昨日見つかりまして、メールで依頼しておいたんですが、ついさっき了承の返事が届きました」

「電話で交渉しろや」

「なんか口べたの人らしいです」

「どいつもこいつも」

 ヨシカワがボヤいたところで、店の引き戸がカラカラと開いた。


「あの……」

 線の細い、幸の薄そうな女性が、顔を半分だけ見せていた。

「……真のかぶらやきってこんな感じでよろしいのでしょうか」

 女はタッパーを手にしていた。

 名物なのにそんな自信が無い感じだとよろしくないなあ、とヨシカワは思った。


つづく




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