第3話 かぶらやき

「え? もう?」


マリネが驚いて声を上げた。

液体をプレートで焼いただけだ。何も盛られていないし、何も混ざっていないように見える。


「はい! この街の名物です。どうぞ召し上がってください」


 スドウが満面の笑みで「かぶやらき」なる食べ物を載せた皿をぐいぐいとマリネに突き出した。ヨシカワはカメラマンに目配せをして、マリネが食べる様子を撮影しはじめた。ファーストコンタクトのリアクションは大事だからな。ヨシカワがいつもキジマたちに言っていることだ。


「じゃ、じゃあいただきます」

 マリネは差し出された塗り箸を受け取り、白い物体をつまもうとした。が、どうするのがいいのかわからず箸が止まってしまった。

「あの、どうやって食べるんですか?」

「あー、あー、そうそう、そう、えと、つまんで」

「つまむんですか?」

「うーん、いや、畳むか。つまんで、畳んで」

 スドウが、ジェスチャーで何かを指示するが、要領を得ない。


「春巻きみたいにするとか?」

 キジマが小声でスドウに聞いた。

「あ、そう! そうそう! そういうの」

 スドウが手を打って、春巻きを巻くようにジェスチャーをした。

 マリネは皿の上で、クレープ状の食べ物を畳んでいく。

 かぶらやきは、うまいことくるんと包まれたような感じになった。少しは食べやすそうには見える。マリネはそれをつまんで、がぶりとかじりついた。細長い食べ物に女性タレントがかぶりつくと視聴率がぐっと伸びる。ヨシカワはニヤリとした。


 もぐもぐとかぶらやきを咀嚼するマリネを一同が見守った。しばらく噛んでからごくんと飲み込んで、言った。


「あの、これって完成形?」

「え、もちろんです」

「具とか、ソースとかは?」

「ないですよ」

「味付けとか?」

「そのままです。千葉崎の名産の小麦の素材の旨味と香りを楽しんでいただくものです」

 スドウがドヤ顔でカメラに目線を向けた。


「あー。うーん」

 マリネがふた口めを躊躇していた。ヨシカワが目配せをすると、マリネはカメラを止めるようにサインを出した。カメラマンは一旦撮影を中断した。

「どうしたんですか?」

 スドウが真顔に戻ってヨシカワに尋ねた。ヨシカワは、ちょっと待ってと手で制して、レポーターに事情を聞いた。

「マリネ、どうした」

「あのね、これ何?」

「何って」

「食べてみ」

 ああ、とヨシカワはマリネの食べかけのかぶらやきにかぶりついた。



 ヨシカワは黄金の草原にいた。春の微風が心地よい。

 そうだ。ここは麦畑だ。たわわに実った小麦を刈り取り、収穫するのだ。


 刈り取った麦を荷馬車に積み込んで、家路につく。

 家では妻が待っているのだ。妻はマリネの顔をしていた。

 こいつ、料理できねえんだよなあ。子供嫌いだし。


 結婚するならミドリの方がマシだが、あいつは部屋が汚い。

 その前のユミは、あっちの親と折り合いが悪かったなあ。

 ユーコは親父さんと気があったが、ユーコが浮気してそれで終わったんだったな。


 そういえばカメラのゴローさんは四人目が生まれるんだったな。

 オレに今から子供ができても小学校に上がる頃にはオレもアラフィフか。

 運動会とか走れねえよなあ。

 もうこのまま独身でいいかなぁ。なあ、マリネ。

 



「ヨシカワさん!」

 キジマの声で、ヨシカワは我に返った。

「どうしたんすか」

「あ、いや、なんか人生を考え直していた」

「味は?」

「う、うん。なんというか、なんだこれ」

 皿にひと口分残っているかぶらやきと、まだ焼いてないボウルの液体を見比べた。

「レシピは教えていただけるのですか?」

「申し訳ありませんが、それは企業秘密ということで」

「原材料は?」

「そのぐらいなら大丈夫ですよ」

 ヨシカワはメモとペンを取り出した。「どうぞ」


「小麦粉は、千葉崎産のゴールデンハッピーという品種です。六本木の高級イタリアンレストランでも使われているという人気のブランドですよ」

「ほうほう」

「水は、千葉崎北部にある他力本願寺の裏山のわき水を毎日汲みに行っています。いま話題のパワースポットですね。コインを入れると願いが叶うんです」

 ヨシカワがウェっとした顔をした。

「あ、大丈夫です。コインが沈んでいるところとは違うところで汲んでます」

「ああ、それなら。はい。他には?」

「塩です。モンゴルの岩塩をフランス製のおろし金で軽くおろして使っています」

「千葉崎の塩ではない?」

「千葉崎は塩は採れませんよ。あっはっは」

 まあそうか。ヨシカワはメモに×印を書き込んだ。


「あと、ボウルは県内のメーカーで製造しているもの、ホットプレートは東京湾を挟んで向こう側の有名家電メーカーのものです」

「いや、その辺はどうでもいいんだけど」

「以上です」

 ありがとうございます、と言ってヨシカワはメモを閉じた。が、


「ちょっと待ってくれ」

「なんですか」

 スドウが怪訝そうな顔をした。なんだその意外そうな顔は。ヨシカワはスドウに詰め寄った。

「これが名物なのか?」

「そうですよ。どうですか」

「どうもこうも」

「美味いでしょ」

「美味くはないな」

スドウはえ? という顔をした。

「マリネはどうだった?」

のんびり茶をすすっていたマリネは急に聞かれて吹き出しそうになった。

「聞かないでよ」

「いいから、感想ぐらい言え」

「そうねえ」

 マリネはあごに手をあてて少し考えてから、

「先週のよりはマシかな」

「そりゃひでえな。ちょっとスドウさん、これ小麦粉の粉を溶いて焼いただけじゃないですか。こんなもんが名物なんですか」

「そうです。間違いありません。素材の味を最大限に引き出す為に試行錯誤を繰り返して……」

 と、スドウは目をそらした。


 ヨシカワが店内を見回すと、壁にかかっているメニューの中に「かぶらやき」はなかった。入り口にはあれだけベタベタとチラシが貼ってあったのにだ。

「キジマァ!!!!」

 返事はなかった。

「おい、キジマどこいった?」

スタッフが全員首を振った。いつの間にかバックれたらしい。

「野郎……」

 苦肉の策というか、キジマがでっちあげたに違いない。こんなバカな名物があるものか。だがしかし。ここで手ぶらで東京に帰ったのでは、来週の放送分でいきなり穴が空く。それだけは避けたかった。総集編か、蔵出し映像か。でも先月やったばかりだよなあ。まずい、とヨシカワは思った。


 その時、ガラっと引き戸が開いて、メタボ体型の白髪中年男性が入ってきた。花柄のエプロンをしている。いつの間にか外に軽トラが止まっていた。この男が乗ってきたのだろうか。


「あんたら東京のテレビの人かい?」

「そうですが」

「かぶらやきの取材かい?」

「え、ああ、そうです」

 そうかいそうかいと、男は店へ入ってきた。

 手にはラップに包まれた料理があった。何かを炒めたもののように見える。


「本当のかぶらやきはこっちだぜ。テレビ屋さん」

 男はそう言い放った。


つづく









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