第2話 投げられた

「あー。投げられた。だ」

「あ? なんだキジマ」

「え、いえ。忘れてたのを思い出しただけっす」

「なんだそりゃ。店はまだなのか?」

「えー、いえ。もう着きます。そのカーブの先です」


 取材班を乗せたミニバンは高原のワインディングロードを走り抜け、国道に面した古びたドライブインに入っていった。じゃりじゃりとタイヤが砂利を踏みならす音がした。先にキジマが店内に入り挨拶を済ませると、戸口から顔を出し、手を振ってスタッフに合図を送った。


「よし、じゃあさっさと撮って帰るぞ」


 うぃーっすと返事をしてカメラマン、音響マン、AD2名、レポーターのマリネ、マネージャー兼メイク兼スタイリストがぞろぞろとクルマを降りた。


 店の窓には〈元祖かぶらやき〉〈千葉崎名物かぶらやき〉などというチラシが貼ってある。若干チープだが、まあ場末のドライブインなどどこでもこんなもんだろう。

 どもどもなどと言いながら店主が出迎えた。なんだかずいぶん若い人物だ。キジマと同じぐらいか。


「あーどもスドウです。キジから話は聞いてます。どうぞどうぞ」

「こんにちわコンドルプランニングのヨシカワです。バラテレビの『Bグル』の制作を担当しております。よろしくお願いいたします」


 ヨシカワが名刺を渡そうとすると、スドウもああどうもいいながらポケットに手を入れた。が、

「あっと名刺は切らしていまして。すみません」

 などと言ってヨシカワの名刺を受け取った。


「じゃあさっそく料理を見せていただきましょうか」

「ああ、はい。少々お待ちください。あ、どうぞそちらにおかけになって」


 スドウはにこにこしながら座敷の方へスタッフたちを促した。


「キジマぁ」ヨシカワはキッチンをのぞき込んでいるキジマを呼んだ。

「へい」

「なんだっけ料理の名前」

「ああ、かぶらやきっていいます」

「焼いてんのか」

「あーいや、どうかな。たぶん」


 どうもキジマの態度がおかしいが、まあ店に来てるんだし問題はないだろう。出た物をマリネが食べて、それをカメラに収めて帰るだけだ。もう10年もやってきていることじゃないか。


「美味いのか?」

「そうっすねえ」

「何味だ」

「そうっすねえ」

「ソース味なのか?」

「あ、いえ、ソースじゃないっすね」


 キッチンの方からスドウがキジマを呼んだので、ハイハイハイと言いながら走っていった。

 二人の様子を見ていたマリネが元カレのヨシカワににじり寄ってきた。


「ヨっちゃん、今週は大丈夫なんだよね?」


 マリネは先週のクソ不味い料理を思い出して心配になっているようだ。


「マリ、オマエはプロだ。大丈夫だ」

「ザッケンな」


 マリネはヨシカワの耳元で忌々しそうに吐き捨ててマネージャーの方へ戻っていった。


「お待たせしましたぁ」


 とスドウがキッチンから現れた。その手には電気式のホットプレートがあった。座敷の座卓の真ん中に据え付けて、壁のコンセントにプラグを挿そうとするが微妙に届かない。キジマが横から座卓を押して壁に少し寄せると無事に届いた。どんな料理かわからないが、撮影はあっちの明るい方の座卓でやればいいだろう、とヨシカワは考えていた。


 一旦キッチンに戻ったスドウは、今度はボールになにか白くてどろっとした液体を入れて持ってきた。反対の手にはおたまが握られていた。スドウはあらかじめ油をしいてあるホットプレートの温度を確かめると、白い液体をおたまですくって丸くプレートの上に広げた。要はクレープか広島風おこのみやきの要領である。

 薄く伸ばしたのですぐに固まってきた。ほどほどというところでフライ返しですくって皿にのせた。


「どうぞ、KABURAYAKIです!」


続く

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