カブラヤキ(レリゴー!Bグル取材班シリーズ①)
波野發作
第1話 サイは
「おいキジマぁ」
スタッフルームに入るなりチーフディレクターのヨシカワが怒鳴った。
「あ、なんすかヨシさん」
「ナンスカじゃねえよ。おまえ次の〈B級〉取れてんのかよ」
「え、ああ、まあ。一応」
キジマと呼ばれた若者は目をそらすように急にデスクの片付けをはじめた。十日前に飲みかけて放置した缶コーヒーが発見されてウギャっと思うがとりあえず脇に寄せて書類の山を右から左へ移した。現場監督であるヨシカワはドカドカと歩いてきて丸めた深夜ちょいエロ番組の台本でキジマの頭をポカリと殴りつけた。
「明日までに報告しろつったろが」
「まだ今日じゃないですか。なんなんすか」
「うるせえ。今報告しろ」
ヨシさんはいつもこうだとボヤきながら、キジマは渋々ノートPCの画面にパスワードを打ち込んでスリープを解除した。画面には作りかけのパワポ画面が表示された。キジマはマウスのホイールをくるくる回して1ページ目に戻した。スクロールの途中でそこそこの内容がすでに書き込まれていることがヨシカワにも見えた。
「できてんじゃねえかバーロー」
「まだっすよ。オチがまだ」
「グルメレポートにオチなんかいるかバカ」
キジマはまたヨシカワにポカリとやられた。企画書の1ページ目には上に『企画書(改行)週刊B級グルメイト378回』とあり、その下には大きく、「かぶらやき」と書いてある。
「かぶらやき? なんだそりゃ」
「ああ、俺の地元のなんスけどね」
「美味いのか?」
「美味いです。よ」
キジマはヨシカワの目を見て言った。あやしいなとヨシカワは思った。キジマが目を合わせて話すときは必ず裏がある。
「なんで今まで出さなかったんだよ」
「まあ、ちょっといろいろありまして」
「ったく毎週毎週ネタ出しに困ってんのわかってんだろ」
「そうっすねえ」
『週刊B級グルメイト』は毎週全国各地のB級グルメを1つずつ紹介していくバラテレビの30分番組で、かれこれ十年近く続いている。300回を越えた辺りからめぼしいB級グルメは出尽くした感があり、ここ2年ほどはスタッフらはネタ出しに悩み続ける厳しい状況に追い込まれていた。先日は洟垂島という日本海の小島に渡り、「ずずり」というドロッとした液体をズルズルすするという気色の悪い料理を取材してきたところだった。独特の風味があるようで、5代目レポーターのコガオマリネもカメラを止めた後草陰で吐いていた。根性のある娘なんだが、彼女の気合いでも飲み込めなかったようだ。
「今度は食えるもんなんだろうな」
「ええ、はい、たぶん」
「食ったことねえのかよ」
「あ、いえ、あります。ありますよ」
キジマはじっとヨシカワを見つめた。普段バカ面なんだが、こうして見ると意外に凛々しいんだよな……。とヨシカワは一瞬思ってしまったが、騙されてはいけない。キジマが真面目な顔をするということは、ロクなものじゃない可能性が高い。食ったことはないようだから、おそらくは地元でも評判のゴミ料理なのだろう。クソ。ヨシカワにしてみればそろそろ打ち切りにしてもらって、深夜のちょいエロ番組に力を注ぎたいのだがこの「Bグル」が意外に視聴率がいいものだからやめさせてもらえない。しかもだんだん無理のある料理が出るようになってからじわじわと数字が上がってきているのだ。コンチクショウ。
「アポは取れたのか?」
「え、ああ、まあ、大丈夫です」
今度は目を合わせない。そこは問題ないようだな。
「いつだ」
「再来週です。マリネちゃんは仮押さえしてあるので大丈夫です」
当然だ。コガオマリネには他の仕事はほとんどない。ほぼ専任だ。最近は彼氏のリアクション芸人が売れ出したので、結婚と引退をほのめかしているぐらいだ。「Bグル」の反動で料理の腕が急上昇したせいでモテ期に突入し、三股をかけた挙げ句一番売れそうな彼を残して清算していた。
ヨシカワもマリネが5代目レポーターになる前に一夜を過ごしたことがあるが、レポーターになってからは指1本触れていない。ヨシカワには職場恋愛を絶対しないという矜持があるのだ。ちなみに今の恋人はBグル4代目レポーターのハラミドリだが、それは本件には関係ない。
「まあいい。きっちり段取っとけよ」
「うぃーっす」
キジマはいつも通りに軽い返事を返した。ヨシカワは自分のデスクから資料を漁って目的のものを取り出し、深夜のちょいエロ番組の打ち合わせに戻っていった。ミーティングルームには半裸のAV女優を7人待たせているのだ。それは普段通りのスタッフルームの深夜の光景だった。
キジマはヨシカワが完全にフロアから去ったのを確かめると、スマホを取り出してLINEに書き込みをした。
『あの件マジ頼む』
しばらくして既読が表示され、リプがあった。
『マジか。それ大丈夫なんか』
『構わん。もうやるしかない』
地元のゆるキャラの気の抜けたような「おっけえ」のスタンプが返ってきて、キジマはLINEから抜けた。しばらく黙り込んで、
「サイはなんだっけか」
キジマはこういうときにふさわしい言い回しがあったはずだったが、全然思い出せないので、思い出すのをやめた。そもそも知らなかったかもしれない。
続く
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