第29話 隠れ切レ痔団弾圧の咄

 アスを刺激することで、大いなる主を想わんとする異国とつくにの宗教、カリブト教。我が国におけるその布教の歴史は、非常な苦難に満ちたものであった。

 江呂えろ時代初期、穴臭あなくさ四郎を大将として勃発したシモバラの乱については、皆様も聞き覚えがあろう。

 そしてやはり夢漏町むろまちにおいても、彼らへの風当たりはきつかったそうな。

「──オー、イックゥサァーン! お久しぶりデェース!」

「あっ、ザビエロさん!」

 境内で小坊主たちとハリー・カッターと賢者の刻ごっこをして遊んでいたイックーさんは、半年ぶりにやってきた異国の宣教師フランシスコ・ザビエロを見て、随分とやつれたな……と思ったそうな。

 ちなみにハリー・カッターと賢者の刻とは、夢漏町の子供たちに人気のある傑作ファンタジー紙芝居じゃ。魔法の棒で遊ぶのが大好きなメガネの少年ハリーが、ハーマンイィオニーや、ロン・センズリーなどの仲間たちと共に魔法学校に入学し、「人前でイッてはいけないあの人」と呼ばれる宿敵と対決する。

「もぐもぐ……」

 なぜかザビエロと一緒にやってきたシンえもんが、茶色い乾物を食べているのに、小坊主たちが群がった。

「あっ、シンえもんだ!」

「ねえねえ、それなぁに?」

「はっはっは、うこんでござるよ」

「えっ!?」

「うこんね」

「あ、ああ……ついに開き直ったのかと……」

 冷や汗を拭う小坊主たちに、シンえもんは快活に笑った。

「はっはっは、まだまだ!」

 ともあれ、二人は客間へと通され、和尚さまを交えて一席設けられたわけじゃ。

 イックーさんはひとしきり再会を喜んだ後、おずおずとイッた。

「あのザビエロさん、随分とお疲れの御様子ですが、どうなさったんですか?」

 ザビエロは弱々しく肩を落とし、

「それが、この国での布教がうまくいっていないのデース……」

 シンえもんが身を乗り出してきた。

「問題はそこにござるぞ、イックーどの!」

「はい?」

「ザビエロどののたゆまぬ努力によって、今や少なからぬ人々がカリブト教に入信しております。しかし、ここにきて将軍さまが棄教令を出されまして」

「え? 将軍さまは布教に好意的だと噂に聞きましたが」

 ザビエロがためイキをつく。

「最初はそうデシタ。でも、イキなり痔団ジダンの弾圧を始めたのデース」

「ンッ!?」

 イックーさんは、イキかけてしもうた……

「な、なんですか、その切レ痔団というのは!」

「我々カリブト教徒の俗称デース。信仰に熱が入りすぎて切れ痔になる者が後を絶たないので、そう呼ばれるようになりマシタ」

 罰当たりなことじゃて。

 なんでも足嗅あしかぐの将軍さまは、亀頭屋きとうや謹製の玩具を使って、切レ痔団をあぶり出しているそうな。それは元来、祝言を挙げたばかりの新妻が、夫を悦ばせてあげたいというけなげな想いから亀頭屋に開発を依頼した特注品のバイブで、新妻の名をとってフミエちゃんと名付けられた。

「──これがそのフミエちゃんでござる」

「ンギイィ!?」

 シンえもんが懐から取り出したフミエちゃんを見て、イックーさんはタマげた。一見して夫婦の特殊な夜の生活が想像できるような、凶悪な形状をしておる。

 ザビエロは哀しげに眉尻を下げた。

「それが入らなかったり、少しでも痛がったりすれば、切レ痔団と認定されマス。そうなったら、乳首拷問の刑に処されるのデス……道具を入れるなど、それだけで教義に反するというのに、断ればその時点で刑罰が執行されてしまうのデスヨ」

「なんてひどい! 人間のすることじゃない……皮を被った悪魔の所業ですよ!」

 イックーさんは憤慨したが、和尚さまは憎々しげに鼻を鳴らした。

「ふん、異国の宗教なんぞにころぶのが、そもそもの間違いなんじゃ」

 以前ザビエロに言い負かされたのを根に持っておる。

 和尚さまのあんまりな態度をよそに、シンえもんはイックーさんへとイッた。

「そこでイックーどのに、是非、知恵をお貸し願いたいのでござる」

「えっ!? どんな!」

「このままでは、切レ痔団によるイッキが起きるやもと、奉公衆ほうこうしゅうらも危ぶんでござる。どうか、将軍さまの暴挙を止めてくだされ!」

「プリーズ、イックゥサァーン……オォ、プリイィズ!」

 二人から懇願され、イックーさんはたじろいだ。

「またそんな! イキやすいだけの小坊主に無理難題を……」

「大丈夫でござるって、大丈夫、大丈夫、ちょっとだけ、先っぽだけでござるから!」

「ォオオ、カムオーン……プリィィズ……アハァン、プリィーズ……」

 カオスじゃな。

 どうやって断ろうかと頭を悩ませておると、和尚さまが腕組みをしてイッた。

「おぬしがイッてやる必要はないぞ! こんな馬鹿げた話、わしが断ってやる。このままカリブト教徒が増えれば、わしらの儲けが少なくなるしのう」

 安定の俗物じゃ。

 イックーさんはしばらく押し黙っていたが、ふと席をち、そそくさと部屋を出てイッてしまった。

「あっ! イックーどの!」

「オォーッ! そんな待って、イックゥサーン!」

 シンえもんとザビエロが途方に暮れていると、にわかに廊下から叫びが聞こえてきた。

「セッ……ェェェクッスペクト、パットローナァーッム!」

 呪文じゃな?

 やがて戻ってきたイックーさんは、清らかな気配をまとっておった。

「……シンえもんさん、ザビエロさん、お待たせしました。お力になれるかはわかりませんが、できる限りのことはしましょう」

「ほ、本当でござるか!」

「イエエェーッス!」

 飛び上がって喜ぶシンえもんとザビエロ。

 和尚さまは不思議そうに、

「なんじゃイックー、らしくなく乗り気ではないか」

 ──ここで断ったら、和尚さまと同類と思われる。それはいやだ。

 こうして賢者となったイックーさんは、既に何か考えがある様子で、迷いのない足取りで金カク寺へと向かったのじゃ。途中でアダルトグッズショップ亀頭屋に立ち寄り、あるモノを仕入れてのう。

「──将軍さまの、御成オナーニィー」

 近侍の者の声と共に客間に現れた足嗅の将軍さまは、かなり不機嫌そうだった。平伏しているザビエロとシンえもんを睨み、激しく足の匂いを嗅いだ。

「クンコホォ! イックーよ、切レ痔団などとつるむとは、乳首拷問に処されたいのか?」

 乳首拷問はいやだ……乳首拷問はいやだ……

 だが、イックーさんは怖気づかぬ。

「なぜですか、将軍さま? 毎年とらいアスろんを観戦にゆくほど、アスに深い理解を示していた貴方さまが、なぜ切レ痔団を毛嫌いなさるのですか」

「むっ! さては、そやつらに頼まれてわしを説得しにきたな……坊主がまつりごとに口を出すでない!」

「わたしは坊主としてではなく、一人のアスリートとして申し上げたいのです」

 イックーさんは懐から、行きがけに買ってきた長いモノを取り出した。

「特にわたしが納得できないのは、切レ痔団狩りにこのフミエちゃんを用いていることです。こんなモノを入れたら誰だって痛いですよ」

「そんなことはない。健常なアスの持ち主ならば、ちゃんと気持ちよくなれる」

 将軍さまの抗弁に、イックーさんの瞳がキラリときらめいた。

「本当ですか? ならば、ご自身でこれを挿入してみてください」

「クンカッ!?」

「もしや、貴方さまが入れられないようなモノを、試金石にしていたのですか? それでは道理が通らないではありませんか」

「ぬっ……ぬうぅ! クゥーン……」

 将軍さまと渡り合っているイックーさんの背後では、シンえもんとザビエロがひそひそと言葉を交わしていた。

「さすがはイックーどの、これで将軍さまがフミエちゃんを挿入できなければ、切レ痔団狩りは不当だと証明できるでござる……!」

「オー、イエェース……しかし、大丈夫デスかネ? 将軍さまを説得しなければならないのに、あのように追い詰めてしまうのは、よくない気がするのデスが……逆に意固地になってしまうのデハ?」

「なあに、大丈夫、大丈夫! 先っぽだけでござるし!」

 不安になるわい。

「ク、クク……クンカァーッ! よしわかった、やってやろう!」

 将軍さまはイキり勃った。イックーさんを足で指差して言うことは、

「そのかわり入ったときは、もう切レ痔団狩りに文句は言わせぬぞ! よいな!」

「わかりました」

 頷くイックーさんから長いモノをひったくると、将軍さまはその場で勃ち上がり、前屈みになって挿入を開始した。

「ンッ……ホォ、オッッング……ンアァッ!」

 シンえもんとザビエロは目を見張った。

「お、おお、なんと! 入ってしまったでござるぞ、それも、あんなに深く……!」

「オーノーッ! ワッザヘル! ワッザヘル!」

 将軍さまは咆哮と共に、一気にイッた。

「ホオォォグワアァァアーッ!」

 魔法学校じゃな?

「オッ、あへえ……どうじゃイックー、入ったであろうが!」

「……確かに、御見それいたしました」

 イックーさんは畳に両手を突くと、粛々と頭を垂れた。

「わたしが間違っておりました。将軍さま、どうぞお許しください」

「あへえ……ほう、殊勝なことよ。その態度に免じて、あへえ……わしを糾弾しようとした罪は問わぬ。あへっ……だが、切れ痔団のことに、これ以上の口出しはまかりならんぞ……あへえ」

「仰せのとおりに」

 たまに顔面崩壊する将軍さまを残し、イックーさんは金カク寺を出てイッてしもうた。驚いたのはシンえもんたちじゃ。ともあれ、慌ててイックーさんの後に続いた。

「そんな、イックーどのが……負けた?」

「オー、イックゥサンは、よくやって下さいマシタ。ジェネラル・アシカグに訴えてくれただけでも感謝デス」

 寺への帰路を歩きながら、イックーさんはどこかさっぱりとした様子だった。

「シンえもんさん、申し上げたはずですよ、わたしはただイキやすいだけの小坊主だと」

「し、しかし!」

「でもまあ、イキやすいからこそ、わかることもあります。これでなんとかなったんじゃないかな」

「……え?」

 イックーさんの言葉どおり、それから三日と経たぬうちに、棄教令は取り下げられた。ザビエロから話を聞いたシンえもんは驚き、二人で急ぎアンッコク寺へと向かった。

「──イックゥゥゥーアァーン!」

「イックウゥアーン!」

 イックーさんは山門の掃き掃除をしていたが、石段を駆け上がってくる二人を見て、

「おや、どうしたんですかお二人とも、そんなにイッて」

「どうもこうも! 棄教令がイキなり廃止されたのでござるよ! もう拙者わけがわからんでござる!」

「これは主の奇跡デスか? それとも、アナタの仕業なのデスか?」

 詰め寄る二人に、イックーさんは微笑んだ。

「わたしはなにも。ただ、将軍さまに気持ちよくなっていただいただけですよ」

 シンえもんが首を傾げる。

「え? どういうことでござるか?」

「考えるべきは将軍さまを説得する方法ではなく、なぜ将軍さまが切レ痔団を憎むようになったのか、その理由でした」

 イックーさんは訥々と語った。

「わたしは、将軍さまが痔になってしまったのではないかと考えたのです。アスを愛したくても愛せない……その悲しみがやがて憎しみとなり、切レ痔団に向いたのではないかと。以前わたしも、お尻を開発しようとして痔になったことがあったので、よくわかるのです」

 そんなこともあったな。

「そこで、将軍さまに気持ちよさを思い出していただくために、一芝居うったのですよ。かなり賭けでしたが、上手くイッてよかった」

 シンえもんは目を丸くした。

「で、では、痔の将軍さまにフミエちゃんを? よく入ったでござるな……!」

「いえ、あれはフミエちゃんではありません。フミエちゃんを使うなら、わざわざ亀頭屋さんにイカなくても、シンえもんさんがお持ちでしたからね。見た目は似ていても、もっと初心者向けのやつです」

 なんという慈愛か。イックーさんは、最高のバイブを選んだのじゃ。相手を痛めつけるためではなく、気持ちよくなってもらうために。

「オォォッオオォオーイェスッ! アナタこそやはり、神の子デス! オオォォーイエーッス……ホーオオォォーッイェエエースアアァアアハァーン……!」

 ザビエロは感激に打ち震え、シンえもんは感心することしきりだった。

「ムシャシャシャシャ、さすがはイックーどの! 此度は危険な賭けでござったが、見事にやりきってござる! これぞまさしく、おケツに入らずんばこけしを得ず、というやつでござろう!」

 シンえもんの下ネタは品がないな……と、イックーさんは辟易したそうな。

 さても、めでたいことじゃて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る