第28話 TENGU裁きの咄
一説によれば夢とは、睡眠時、脳が蓄えた記憶を整理しようとするときに生じるものらしい。
なるほど、説得力がある。
……だが、果たして本当にそれだけかな?
古人曰く、
夢とはまこと、不思議なものじゃ……
「──ックー、おい、イックー!」
呼びかけられて、イックーさんはハッと目を覚ましたそうな。
「う、ううん……あれ……?」
布団から身を起こしてみれば、もう日はかなり高いようだった。完全に寝坊じゃな。
起こしにきてくれたらしい小坊主が、布団の傍で呆れ顔で笑っておる。
「和尚さま怒ってるぞ。早くイックーを叩き起こしてこい! ってさ」
「ああ……すみません、ありがとうございます……」
あくび混じりにそう返せば、小坊主は身を屈めて顔を寄せてきた。
「なあイックー、おまえ、どんな夢を見てたんだ?」
「え?」
「見たんだろ? すっげえ夢をさ……なあ、教えてくれよ!」
「いえ、見てないですけど」
イックーさんがあっさり答えると、小坊主はややムッとした様子だった。
「ウソつくなっての。起きる寸前まで、あんなにビクンビクンしてたくせに。ふんどしが破れそうになってたぞ? 寝言もイッてたしさ」
「え、本当ですか……でも、憶えてないんですよ」
小坊主はどんどん不機嫌になってイク。ホルモンバランスでも崩れているのかというくらいの怒りっぷりじゃ。
「なんだよ! 一緒に春画見た仲じゃないか、教えてくれたっていいだろ!」
「い、いや、別に隠しているわけじゃ……」
「ああそうかい! おれはおまえの友達だと思ってたけど、うぬぼれだったってことか! 恥ずかしいところも見せ合ってこそ、本当の友達なんじゃないのかよ!」
小坊主は目に涙すら浮かべておる。
「いや、だから憶えてないんですって!」
「イックーのばか! あほ! おちんこなす!」
「サノバビッチ!」
押し問答をしていると、廊下を走ってくる足音が聞こえ、直後、轟きわたる一喝。
「こら! なにを言い争っておるか!」
「ホッう!?」
イックーさんは驚いて、イキかけてしもうた……
小坊主はすかさずイックーさんを指差した。
「だってこいつが、夢の内容を教えてくれないんです!」
「なに?」
話を聞いた和尚さまは、小坊主の方をこそ叱った。
「そんなくだらぬことで、他人を面罵してはいかん! だいたいわしは、イックーを起こしてこいと言ったんじゃ。要らぬことをするでない!」
小坊主は泣きべそをかきながら、
「だって、だって! イックーがあんまり気持ちよさそうだったから……!」
「……そんなにか?」
「はい、あれはもうビクンビクンというより、ビグンッビグググンッて感じで……」
「ほう」
当のイックーさんは困惑するばかりだった──そんなに激しくイッていたのか? まるで思い出せない。
和尚さまはイックーさんを見つめてイッた。
「これイックー、恥ずかしいのもわかるがここはひとつ、おぬしの見た夢の内容を語ってはくれまいか? さすれば丸く収まるじゃろう」
「ですから、憶えていないんですよ」
「そんなはずはなかろう。たとえ経を忘れることはあっても、性的なことは忘れないのがおぬしではないか」
日頃の行いじゃな。
イックーさんが何度説明しても、和尚さまと小坊主は信じてくれぬ。そのうち二人して怒り始めてしもうた。
「おのれイックー! わしはこの寺で一番偉いんだぞ! そのわしの言うことが聞けんと言うのか!」
「そうだそうだ!」
「え、ちょっと、落ち着いてくださいよ……!」
「ええい、もうよい! それほどまでにわしが信頼できぬなら、おぬしは破門じゃ! 即刻出てゆけ!」
「えええぇぇ!?」
イックーさんはあれよという間に、寺から叩きだされてしもうた。
「こんな馬鹿な! 理不尽すぎる!」
固く閉ざされた山門を前に、イックーさんが途方に暮れていると、背後からのんびりとした声。
「おや、イックーどの、どうしたでござるか? モグモグ」
振り向けば、†
「あっ、シンえもんさん! ちょっと聞いてくださいよ!」
イックーさんが事の顛末を話せば、シンえもんは螺旋状の物体を頬張りながら、我がことのように憤慨した。
「ムシャーッ! なんてひどい! それは将軍さまに訴えるべきでござる!」
「将軍さまに?」
「いかにも、将軍さまから寺奉行に働きかけてもらうのでござる。前から攻めてダメなら後ろから、ということでござる」
「はァ、ナルほど……ところでシンえもんさん、何を食べているんです?」
「巻貝にござるよ」
「でも柔らかそうですけど」
「柔らかい巻貝」
ウン、コれは無理があるかのう?
ともあれ二人は、金カク寺へと向かったわけじゃ。
話を聞いた将軍さまは、イックーさんに同情的だった。激しく足の臭いを嗅ぎながら、
「クンカーッ! 和尚め、なんと非道なことを! わしも幼い頃は南北朝の動乱のせいで都を追われたことがあったゆえ、そなたの気持ちはようわかる!」
「将軍さま……」
「安心するがよいぞ、寺奉行に掛け合い、必ず寺に戻れるようにしてやろう、クンクンッ!」
「う、あ……ありがとうございます!」
平服するイックーさんへと、将軍さまはふと身を寄せてきた。足の指の間から覗くその瞳は、期待に輝いておる。
「してイックーや……わしにだけは本当のことを言え。どんな夢を見たんじゃ?」
「え、いえ、本当に憶えてないんですよ」
それまでの親しげな笑みもどこへやら、将軍さまは途端に不機嫌になった。
「言えぬと申すのか?
「いや、あの……」
「親の顔を忘れたとて、性的なことは忘れぬのがそなたではないか! 何人たりとて、この
将軍さまがパンパンと両足を打ち鳴らせば、階下や屏風の裏からぞろぞろと大量の武士たちが現れ、瞬く間にイックーさんを縛り上げてしまった。
「なッ……あンアァッんヒグウゥウウゥゥッ!」
イックーさんは、イッた……
「将軍さま、なにをなさる!」
ほぼ無意識のうちに、腰のモノに右手を動かすシンえもんへと、将軍さまが鋭くせいしをかけた。
「口出し無用じゃ、シンえもん! これはわしとイックーの問題ゆえ!」
「ぬ、しかし……!」
「ングオッホングオッホングアァ!」
白目をむいて痙攣し続けているイックーさんを一瞥すると、将軍さまはねっとりした口調でイッた。
「なあに、忘れたとあらば、思い出させてやろうというだけのこと……」
武士たちに命じ、イックーさんを庭へと運び出すと、
「
「ングアアァーッ!?」
恐怖のあまり、イックーさんはイッた……
──汎用
それは
鞍馬TENGUが装着された馬が牽かれてきて、イックーさんはその上に乗せられてしもうた。もう逃れられぬ。
「ンッヒイイグアアァァァ!」
イックーさんは、イッた……
「どうかおやめくだされ、このままではイックーどのが社会的に死にもうす!」
見かねたシンえもんがせいしをかけたが、将軍さまは聞く耳持たぬ。
「はっはっは、イックーよ、どうじゃ、思い出したか! 思い出すまで下ろしてやらんぞ」
「アンッアアアァングウホオオ……ハアアァァアン!」
馬が動くたびに、この世のものとは思えぬほどの快楽がイックーさんを襲う。
ここにきて、賢者の刻に意外な弱点があることがわかった。イッた後には賢くなれるが、イキ続けている間はその限りではないのじゃ。
「はっオぐ……ンギギイィ」
顔面にモザイクがかかるほどの表情をさらしてイキ狂うイックーさんに、武士たちも眉を顰めておる。
イキ地獄とはこのことよ。
「ンッアアッガがああああぁぁぁぁひいんホッホ……ホホホホッホオオオォォアアアァァアァヒイイイィグオッヒイグ……おあ……あ……あ……ヒイイィ!」
イックーさんは、イッた……
「も、もう、もダ……アァひ……ヌひィッ!」
イックーさんは、イッた……
「オ゛ッお゛……お゛、まらい……まらイヌゥ!」
イックーさんは、イッ……
「──ックー、おい、イックー!」
呼びかけられて、イックーさんはハッと目を覚ましたそうな。
「……え、あ、あれ?」
布団から身を起こしてみれば、もう日はかなり高いようだった。全身はぐっしょりと汗で濡れ、敷布団まで染みが残るほどじゃ。なにかひどい夢でも見ていたのだろうか? だが、なにひとつ思い出せぬ。
すると、起こしにきてくれたらしい小坊主が顔を寄せてきた。
「なあイックー……おまえ、どんな夢を見てたんだ?」
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