第25話 たけのこの咄

 士別れて三日なれば、即ち割礼かつれいして相待あいたいすべし、という言葉もあるように、皮があまっているかあまっていないかというのは、およそ男の自信の拠り所となりえるものじゃ。モノの大小と同じか、あるいはそれ以上にな……

 さて、和尚さまの囲碁仲間に勃兵衛たつべえという男がおって、小坊主たちに股間を見せることで快感を得るという悪癖を持っていたが、イックーさんに皮のことでしてやられてからは、しばらくは大人しくしておった。

 だが最近になってこの勃兵衛さん、再び勢いを取り戻したそうな。

「ほらほら見てごらん、草むらからなにか飛び出してきたねえ! なんだかわかるかい? そう、タケノコです! 美味しそうだよねえ……ちょっとサワッテミルカイ? ほらサワッテ……」

 犯罪じゃな。

 その露出ぶりときたら以前より恥じらいがなく、小坊主たちは戦々恐々としておった。今日も勃兵衛が来るというので、寺の裏に集まって作戦会議中じゃ。

「どうしちゃったんだ? あいつ」

「わかんねえ」

「前はちょっと申し訳なさそうだったのに、今はなにか吹っ切れた感じだ」

 イックーさんも参加していたが、春風が産毛を撫でるのが気持ちよくて、それどころではなかった。

「ンッ……う、ンッ……あッヒ……」

「おいイックー、真面目にやれよ!」

「なに痙攣してるんだよ!」

「アヒイイイィィィ!?」

 怒られた拍子に、イッた……

「オアッああ……あッああゥ……!」

「ん? こいつ、イッたんじゃないか?」

「おいイックー、イッたんなら知恵を出せよ!」

 小坊主たちが詰め寄ってくる。イックーさんはしばらく余韻に身を震わせていたが、やがて清らかな気配をまとった。

「……ふう、皆さん、イッたら出るのは知恵ではありませんよ? 体液です」

 この鼻持ちならぬ言動、賢者の刻に他ならん!

「もったいつけんなって」

「前みたいにうまいこと勃兵衛を追い払ってくれよ」

 しかしイックーさんは、難しい顔をしておった。

「……簡単に申されますけど、なかなか難題ですよこれは。一度は恥を知った者が、なぜまた破廉恥な行為に耽るようになったのか……そこに謎がある」

 するとそのとき、山門を見張っていた小坊主が、イキ急き切って駆けてきた。

「き、来たぞ、勃兵衛だ! もう下を脱いでる!」

「なんだと!」

 小坊主たちの間に戦慄が奔った。

「な、なんてやつだ……今までの勃兵衛とはカクが違うぞ……!」

「ちくしょう、ヤル気マンマンってことかよ!」

 小坊主たちが恐れ戦く中、イックーさんは決意のまなざしで、ゆっくりと山門に向かって歩き出した。

「おい、イックー! 危険だぞ!」

 色々な意味でな。

「確かめてみるしかありません、あの方が豹変した理由を……イキましょう」

「お、おう……わかった!」

 そうして全員で山門で待ち構えていると、勃兵衛さんがニヤニヤしながら石段をのぼってきた。小坊主の報告にあったとおり、下半身を丸出しにしておる。

「……おやおや、おそろいで! ワシのたけのこを見たいのかな? よしよし、とっくりとご覧なされ」

 そう言って、勃兵衛は腰を振るのじゃ。

「うわ……」

 小坊主たちは思わず目を背けたが、イックーさんだけは肝を据えて、じっとたけのこを見つめておったそうな。

 たけのことは……隠語じゃな?

「……あっ!」

 そしてイックーさんは気づいた。勃兵衛のたけのこが、見事にむけておることに。

「そのたけのこは!」

「おや、気づきましたか、イックーさん……そう、手術を受けたのです!」

「なんですって!」

 小坊主たちもざわつく。

「手術をした、だと……!」

「なんて勇気だ!」

 勃兵衛さんは、たけのこを振り回しながら哄笑した。

「ふはははは、ワシは一皮むけた男になったということです!」

 由々しき事態じゃ。和尚さまですらあまっているというのに、これでは勃兵衛を止められる者が誰もいない。

「いくらイックーさんといえど、所詮は皮の者、つまりワシより劣る存在ということ……ほらほら、サワッテミルカイ! サワッテミルカイ!」

「くっ……なんてことだ、隙がない……!」

 迫りくる勃兵衛さんに、イックーさんもたじろいだ。

 キャストオフしたことで防御力は減少したが、その分、清潔さとすばやさが増しておる。そのたけのこの動きは、肉眼では捉えきれぬほどじゃ。

「もはや以前の、自信のなかったワシはおらん! 今ならばお前たちの顔面にふぐりを押し当てることだってできるぞ!」

 おぞましい。

「……おお、そうだ! そちらも寺の小坊主なら、たけのこの皮のために、ひとつ読経してくれないか?」

「読経ですって?」

「憎らしい皮ではあったが、無残に切り捨てられてしまっては哀れというもの。供養してやっておくれ……わはは!」

 こやつ調子に乗っておる。

 しかし、賢者となったイックーさんの前で不用意な発言をするのは、浅はかなことじゃった。イックーさんの眼光がきらりと輝く。

「……よろしいでしょう」

「え?」

「勃兵衛さんのお望みどおり、供養させていただこうではありませんか」

 以前一度してやられておるので、勃兵衛は不穏なものを敏感に感じ取り、ふと足を止めた。なにか仕掛けてきそうだ……いやいや、何を恐れることがある? 今の自分は無敵だ。

「お、おお、そうかね! では、きちんと頼みますよ!」

「しかし皮というものは、人間にしてみれば衣服のようなものです。衣服のみの供養というのは、遺体がないときだけ受け付けております……」

「ほ、ほう、しかし遺体はありませんぞ?」

 イックーさんは、じりじりと勃兵衛に歩み寄った。

「なにをおっしゃいます? そこにあるじゃないですか、立派なたけのこが」

「なっ!」

「今すぐ御弔いいたしますゆえ、さあ、切り落としてくださいませ」

 勃兵衛さんはサッと股間を隠しながら後ずさった。

「そ、そんなバカな……こやつはまだイキておる! イキておるのだ!」

「供養をと申されたのはあなたですよ! さあ、さあ! なんならこのイックーがお手伝いしましょうか!」

「い、いや、それは……その……!」

 勃兵衛さんはたらたらとあぶら汗を垂らし、

「……け、結構! もう結構です! ヒイイィー!」

 そのままうのていで逃げていったそうな。

「や……やったぞーッ!」

「ざまあみろ、勃兵衛のやつ!」

「ヒュウーッ、さすがはイックーだぜ!」

 小坊主たちは大喜びだったが、イックーさんは浮かぬ顔。

「おいイックー、どうしたんだよ?」

「いえ……一皮むけたからと自慢したかっただけなのに、これほど忌み嫌われるとは、思えば勃兵衛さんも哀れな方だと思いまして……」

 イックーさんがそう言ったので、小坊主たちも神妙になった。

「確かにな……」

「よし、やつのためにひとつ読経してやるか」

「それがいい、それがいい……」

 勃兵衛さんの去って行った方に向かい、誰からともなく手を合わせ、小坊主たちは念仏を唱え始めた。彼の行く末に幸多からんことを願って。

 ──南無妙包茎経、と。

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