第13話 しったかぶる将軍さまの咄

 お寺の裏の茂みにて、イックーさんが今まさにイこうとしておったところ、小坊主たちがあわくった様子で駆けてきた。

「イックー!」

「おい、イックー!」

「ンッウ!?」

 慌てて近くの川原の土手で拾ってきた春画を背中に隠しながら、おそるおそる茂みから出ると、小坊主たちはただならぬ剣幕だった。

「……な、なんですか? まだイッてませんよ」

「それはどうでもいい!」

「早く来いって、お前に客だぞ!」

「すげえ客だ!」

「えっ、いやです!」

 思わず叫んだが、小坊主たちに両腕を取られ、ズルズルと引き出されてしまう。

「いやだーっ!」

 下半身露出癖のある中年や、全裸の細マッチョ……大体ろくでもない連中ばかり訪ねてくるので、軽くトラウマになってしまっていた。

 無理もないことよ。

「──おお、イックー!」

 果たして境内におったのは、なんと足嗅あしかぐの将軍さまだった。

「どうもでござる、ムシャア!」

 シンえもんもいる。

 イックーさんは目を丸くした。

「あれ、お二人とも、どうなさったんです?」

「クンカクンカ……暇だったのでな、おぬしのイキ顔でも見ようと思うて」

「拙者は護衛でござる」

 イックーさんは驚愕した。暇にあかせて、小坊主のイキ顔を見に来る最高権力者……この国のイク末が心配になるわい。

「わたしのイキ顔を暇つぶしにしないでください!」

「なんだと? わしは将軍だぞ? 逆らえば、まさぐりの刑に処すぞ」

 イックーさんは首を振った。

「命じられて簡単にイケるなら、人はイキ苦しむことはないでしょう。そんなに簡単なものではないのです。恐怖で従わせようとしても、ちぢこまるだけですよ」

 穏やかに諭すイックーさんを見て、小坊主たちは察した。ああ、こいつやっぱり、さっき草むらでイッたな、と……

「むう……なまイキなやつめ……」

 将軍さまは顔を顰めていたが、ふとイックーさんの様子がおかしいことに気付いた。

「これイックー、背中に何を隠しておる?」

「えっ……いや、これは……!」

「ええい、見せてみよ!」

「あっ、ダメ、やめてください、やめ……アーッ、破れる! 破れ……イッ!」

 無理やり取り上げられてしまった。

「……むっ、なんと、これは春画! しかも……かなり出来がよいではないか! ムウゥ、クンカクンカ……クンカクンカクンクンクンペロペロペロクンカクンカペロクンクンペロ……」

 この国のイク末、心配。

「返してくださいよ! 返して! ほんと怒りますよ!」

「まあまあ、イックーどの……むしゃむしゃ」

「うんちは黙って!」

 将軍さまはナメるように春画を鑑賞しながら言うた。

「……イックーよ、これほどの春画、どこで手に入れた?」

「川原で拾ったんです! 拾ったんだからわたしのものですよ! さあ早く返して、返してくださいよ! 返せ!」

「ふむ、天然モノか。さすがイキが違う……クンクン」

「返してくださいったら!」

「うるさいのう。返してやるわい、ほれ」

 将軍さまは春画を返すと、片足で立って足の指の間の匂いを嗅ぎ始めた。

「だがな、わしは夢漏町むろまちの頂点にクン臨する男。春画一つにしても、誰より素晴らしい物を持っていなければならん」

 ふと真顔になって言った。

「……明日、金カク寺に来てください。もっと上手い春画をごちそうしますよ」

「はあ……」

 イックーさんはあまり関わりたくないとも思ったが、将軍さまの秘蔵の春画というのがどれほどのものか気になったので、お誘いを受けることにしたそうな。

 そうして翌日、金カク寺へと向かってみれば、数々の春画に囲まれた将軍さまがイックーさんを出迎えた。

 思わず目を見張るイックーさん。金銀螺鈿きんぎんらでんのあでやかなものから、風情のある墨絵まで、およそあらゆる春画がそこにはあった。

 ポーズもシチュエーションも、よりどりみどりじゃ。

「こ、これは……すごい!」

「クンカクンカ! どうじゃイックー、素晴らしいであろう! まいったか!」

 将軍さまは自慢げだったが、

「……うーん」

 イックーさんはいまいちな顔だった。

「ムッ、なんだイックー! ほれ、イッてもよいぞ! イけ!」

「いえ……」

 イックーさんはそっと首を振った。

「確かに素晴らしいものだとは思いますが……これはいけません」

 その瞳は、澄んでいたそうな……

「なんだと!」

「実用的ではありません。綺麗すぎますし、モザイクもない」

「モザイク!?」

「全部くっきり描かれちゃってるじゃないですか。これでは想像する余地がありませんよ。あけすけなものより、ちょっと隠されている方が、ぐっとくるでしょう?」

「ぬ、うぐ……クウゥー……」

「平たく言えば、高尚すぎていまいち興奮できないんですよね」

「ク、クク……クンカァーッ!」

 将軍さまはイキり勃った。怒りに任せて激しく足の指の間の匂いを嗅ぐと、傍に控えていた原罪を背負いし男へと足の指をビシッと向けた。

「お、おいシンえもん、これらの絵は誰に描かせた!」

「むしゃ!? 幕府お抱えの絵師、官能かんのう正信殿にござるが……」

「ええい、全部捨ててしまえ!」

 シンえもんは慌てた。

「そんな、ングッ、周茂愛蓮図しゅうもあいれんず股下布袋図またしたほていず、いずれも国宝級の代物でございますぞ!」

「それがなんだというのだ! やはり天然モノでなければならん! 春画は川原で拾うに限るわ!」

 その後、シンえもんが一計を案じ、将軍さまのコレクションを一度川原に捨てて拾うという手段で、どうにか国宝級の品々は守られたそうな。

 将軍さまの癇癪かんしゃくにも困ったもんじゃのう。

 ……それにつけても、川原で拾ったエロ本と言うのは、どうしてあんなにドキドキしたんじゃろうか? とんとわからぬわい。

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