第9話 イキ地獄五番勝負の咄

 あるときふと空を見ながらイキたくなり、イックーさんが僧坊の屋根にのぼって独りで痙攣していると、山門の方から野太い声が聞こえたそうじゃ。

「たのもう! たのも……うッ……お、あァ……!」

 何事かと見ておると、確認しに行った小坊主たちが慌てて戻ってきた。

「イックーッ!」

「イックゥーッ!」

 イックーさんは屋根の縁から顔を覗かせ、

「どうしたんです皆さん? そんなにイッて……」

「お前を呼んでたんだよ!」

「客だぞ、すンげえのが来たぞ!」

「かなりイッてるやつだ!」

 口々に言う小坊主たち。

 そんなにイッてるやつと顔を合わせたくないので居留守を使いたかったが、誰かわからないのに無視するわけにもいかぬ。

 イックーさんは恐る恐る門へと向かった。

「……はい、どなた……うわっ!?」

 そこに勃っていたのは、全裸のほそマッチョだったそうな。

 頬どころか全身の肌が上気して桃色に染まり、表情は天国状態で、全身から今イキました感が漂っておった……

 やばいのうこれは。

「……ハッはァッ、ハァ……ん、お前がイックーか?」

「え、ええ、そうですが……」

「フぅ……おれはずーっと西の方からやってきた、名の知れたイキしゃの、キッ××チョメチョメという者だ」

「ン゛ッアァ!?」

 イックーさんは、イキかけてしもうた……

 名前に伏字が入っておるとは、なんとも卑猥なやつよ。

「ほう、早速イクか……なかなかのイキっぷり」

 キッ××チョメチョメさんはニヤリとした。

「だが、まだほんの小坊主じゃねえか。たいそうなイキしゃと聞いてやってきたが、こんなにひ弱そうなやつだったとはな、わはは!」

「ハッ、ッグ……あ、あの……何の御用ですか?」

「俺はお前にイキ地獄五番勝負を挑みにきた」

「アッオォォッグゥゥ……!」

 イックーさんはまたイキかけたが、歯を食いしばって耐えた。こんな全裸のほそマッチョでイクのは、哀しいことじゃ。

「い……イキ地獄……五番勝負……!?」

 AVかな?

「そうだ。平アンッ時代の頃から、イキしゃが互いのイキ心を確かめるために繰り広げてきた勝負ごとだ」

「そんなしょうもないものが……!」

「お前とおれ、どちらがイキしゃとして上か、いざ勝負!」

 イックーさんはすごくいやだったが、断って暴れられては困るので、受けることにしたそうな。ほそマッチョな筋肉は、非常な練り上がりを見せておったでのう。

「なんの騒ぎじゃ、これは!」

 やってきた和尚さまに、小坊主が説明した。

「どっちがイキやすいかの勝負らしいですよ」

「寺でやるな」

 もっともな意見じゃな……

 さて、キッ××チョメチョメさんが言うには、イキ地獄五番勝負とは、人が普通はイケないような単語を見届け人が五つ読み上げ、五連続でイケるかを競うものらしい。

 見届け人に選ばれた和尚さまは、しぶしぶ開始を宣言した。

「ではゆくぞ……オホン、まず一つ目は……」

「あ、ちょっと待ってください……」

 イックーさんはふと言うと、そそくさと山門の裏に姿を消し、

「……あ……ォッ……んッ……!」

 すぐに戻ってきた。

「アゥ……お、お待たせしました、どうぞ……」

 キッ××チョメチョメさんは鼻を鳴らした。

「なんだ、緊張して小便でもしてきたか?」

「え、ええ、まあ……」

「ほれ、早くやるぞい!」

 和尚さまとしては、早く終わって欲しくてたまらなかったんじゃろう。

「まず第一のお題は……観音様」

「アアァァァァあひッイイィィッ!」

「ングッホオオオオオオオオアッァァァァォォォッ!」

 イックーさんとキッ××チョメチョメさんは、ほぼ同時に達したそうな……この勝負、互角か。

「オッ、グ……あ、アッハァ……ンッ……お、和尚、ふざけるなよ! そんなのイクに決まってるだろうが!」

 キッ××チョメチョメさんが怒った。

「普通はイかないと思うが……」

「イくよなあ?」

 同意を求められ、イックーさんは余韻に震えながら、

「ウッ……ま、まあ、今のはイきますよね、普通に……」

「まったくこれだからイキ心のないやつは……」

 なんでわしが悪いみたいになっとるんじゃ、この変態どもめと、和尚さまは不快に思いながら次のお題を出した。

「アナゴ」

「アッアアアァアァァアァァァオオホぐゥッ!」

「ヒギイイイイィィィイイイイイッ!」

「……曼荼羅まんだら

「ウッ……グウウゥゥッあああッふウウゥゥンッ!」

「ヒッッッッヒッファアッフアアグヒイィッ!」

「親子丼……」

「フッひイイィィィィィィイイィィィィィィッ!」

「ラッめェッェェェェェッ!」

 可哀想にのう。

 互角のイキッぷりを見せる両雄、いよいよ残すところ最後の一題となったが、固唾を飲んで見守っていた小坊主たちは、イックーさんの不利を感じ取っておった。

「イックーのやつ、もうフラフラじゃねえか……!」

「なにしろ体力を消耗するからな……」

 キッ××チョメチョメさんの方は、まだまだ余力がある様子、ここにきて体格差が響いてきておった。

 そんな中、和尚さまが最後のお題を出したのじゃ……

「最後は……母親じゃ」

「……あ? う……お、おっかあ……!」

 キッ××チョメチョメさんはふいに真顔になったが、

「ヒイイイいッグウウウウウウウウウゥウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッゥゥゥゥゥ……」

 一方のイックーさんは、白目を剥いて痙攣しておった。

 それは、深く長い絶頂であったそうな……

「ば、馬鹿な……そんな……」

 キッ××チョメチョメさんは青くなり、化け物でも見るような目でイックーさんを見ながら、数歩後ずさった。

「な……なんで……そんな、お前……!」

「あオ……?」

「い、いや……他人の性的嗜好についてはとやかく言うまい! だが、なぜイケたんだ! もうボロボロだったのに……そ、そうだ……」

 キッ××チョメチョメさんはイックーさんの両肩を掴んで揺さぶった。

「お前、戦う前に隠れて何かしてただろう! キメたんじゃないのか!」

「……いえ」

 イックーさんはもはや入滅しそうになりながら、仏の笑みを浮かべておった。

「さすがにわたしも、五回連続なんてイッたことがありませんでしたから……イケるかどうか外で試してきただけですよ……五回ね……」

 キッ××チョメチョメさんはその場に崩れ落ちた。すでに五回もイッていたとは……こんなやつに勝てるわけがない。

 その後イックーさんは、一部の人たちにイキ神様として崇め奉られるようになったのだが、本人はまったく嬉しくなくむしろ迷惑だったそうな。

 ホトホト可哀想なことよ。

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