第8話 法と刑の咄

 ところで、和尚さまの友人に勃兵衛たつべえさんという男がおって、よくアンッコク寺に遊びに来ておったそうな。

 この勃兵衛さん、小坊主たちに自らの股間を見せて、

「ほらほら見てごらん、この動物さんなーんだ? そう、ゾウさんです。可愛いゾウさんがキミを見てるねえ……サワッテミルカイ(ささやき声)?」

 などとからかう事案がひんぱんに発生しておったため、小坊主たちから忌み嫌われておった。

 まあ夢漏町むろまちではよくあることじゃ。

 ある日、この勃兵衛さんがまた来るというので、小坊主たちは寺の裏に集まって作戦会議を開いたそうな。

「あいつやべぇよなまじで」

「どうする?」

「落とし穴でも掘るか? 山道にさ」

「足の骨とか折ったらさすがに後味悪いよ」

「俺たちの仕業ってバレたら和尚さまが阿修羅と化すだろうしな……」

「うーん……」

 イックーさんはというと、少し離れて輪には入らず空を眺め、あ、あの雲、ちょっと卑猥な形してるな……などと妄想を楽しんでいたのだが、ふいに声を掛けられた。

「おい、イックー!」

「アンッ!?」

 イクかと思うたそうな……

「ンッァ……う……な、なんです?」

「お前、イクと知力がハネ上がるってほんとか?」

「え、いえ……頭がスッキリするだけですが……」

「なんでもいいから、ちょっとイってみろ」

「なんで!?」

「イッたらいい知恵が浮かぶかもしんねえだろ」

「そうだ、イけよ」

 小坊主たちはイックーさんの周囲を回りながら、手拍子をし始めおった。

「イーけ!」

「イーけ!」

 こら、いじめはやめんかい!

「ちょ、やめ……やめてくだ、そんな……ンッ……く……うンォアアアァァァァァァーッヒッヒグウゥ!」

 瞬く間にイッてしもうた……

 イックーさんはか弱いのじゃ、あまり刺激を与えるでない。

「ンッお……ォあ……」

 余韻に身を震わせるイックーさんを、小坊主たちは少し離れて見ておった。

「……イッたか?」

「多分……?」

「……ふう……それで?」

 と、顔を上げたイックーさんは、澄んだ瞳をしておったそうな。

「このイックーに、なにをお望みかな?」

「お、おう……」

 気圧される小坊主たち。

「勃兵衛さんを追い返して欲しいんだけど、できそうか?」

「ふぅ……しかたありませんね、あなたがたは。では、わたしの言うとおりにしてください。まず木の棒と板を用意して……」

 イックーさんは気だるげに指示をすると、両手をパンパンと叩いた。

「ほらほら、早く早く」

 ややウザいな……と思いながらも、小坊主たちは言われたとおりに材料を集め、皆で立札をこさえたそうな。

『この寺、かわのものを禁ず。すなわち、皮あまりのもの入るなかれ。もし入るならばちがあたる』

 小坊主たちは戦慄したそうな。こいつ、なんてことを指摘しやがるんだ、と……

 門の前にブッ刺して待ちかまえていると、やがて勃兵衛さんがやってきた。

「おやおや、どうしたのかね? 皆そろって……ゾウさんに会いたいのかな? どれどれ……ボロン」

 イックーさんは黙って立札を指さした。

「ん? なんだ……ハッ!?」

 勃兵衛さんは、顔を覗かせたゾウさんを慌ててしまい、

「こ、こんなバカな……やい小坊主ども! か、かか、皮がいけないなら、ほかにも……皮、皮……」

 勃兵衛さんはブツブツと思案してから、ハッと表情を明るくした。

「そ……そうだ、寺の太鼓はどうなんだ? あれも皮じゃないか、ええ!」

 イックーさんは穏やかな表情で返した。

「だから、しょっちゅうバチが当たってるでしょう。あなたの皮もピンと伸ばしてバチで叩きましょうか?」

「ヒイッ!」

 勃兵衛さんがブルっちまったとき、和尚さまがやってきた。

「こりゃ、なにしとる!」

「あ、和尚さま……いえ、これはその……」

 怒られるかなと思い、小坊主たちとイックーさんは焦った。

「ん……?」

 ところが立札を見た和尚さまは、さっと自分の股間を隠す仕草をしてから、もじもじし始めたのじゃ。

「……な、なんじゃ、これは! どういうことじゃ!」

 小坊主たちは顔を見合わせ、ハッとして自分たちの股間を押さえた。

「そういえば、これって……」

「うん……」

 イックーさんも股間を押さえながら、黙って立札をヌいたそうな。これでは自分たちも寺に入れぬと気付いたんじゃな。

 夢漏町の人には多いそうでの……

「……は、ははは……」

「はははは!」

 気恥ずかしくなり、皆で曖昧に笑ってすませたが、その後は勃兵衛さんも少しは恥を知ったのか、ゾウさんをひけらかすことはなくなったそうじゃ。

 ……ひとつ言っておきたいのは、別に恥ずかしいことではないので、あまり気になさらぬように、ということじゃ。

 では、めでたし、めでたし……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る