第5話 日本一長いモノの咄

 チーン、ポくぽく、チーン、ポくぽく……おや、木魚とりんの音がしておるのう。普段は和尚さまが鳴らしておるのだが、今日はイックーさんじゃ。

 和尚さまは山をひとつ越えたところにあるお寺に、用事で出かけておる。和尚さまがおらぬときは、小坊主たちが持ち回りで読経どきょうする。

「……しょうけんごーうんかイクゥ、どーいっさイクゥやく、しゃーりーしーしきふーイークゥクゥッ……」

 ちんちーん、ぽクポク……

 ありがたいお経を唱え終えたのちは、色々ヤッて過ごしていたが、やがて和尚さまがふらりと帰ってきた。

「あ、お帰りなさい、和尚さま」

「む……イックーか……」

 どうも浮かぬ顔をしておったそうな。

「どうしました? 山歩きでお疲れですか」

「……イックー、ちとわしの部屋に来てくれ」

 顔を寄せて、ヒソヒソと言ったのじゃ。

 はて、なんだろう? ひょっとして蜜ツボでもナメさせてもらえるのか? 

 イックーさんが部屋についてゆくと、和尚さまはしんなりと眉毛を下げて言うた。

「今日イッた寺の住職とわしが、古い仲なのは知っておろう?」

「よくいがみ合っておられますよね」

「いやいや、嫌っておるのではないぞ。ただ、互いに対抗意識を燃やしておってな、素直になれぬというか……」

「そんな思春期の男女みたいに、修業が足りませんよ」

「くっ……まあ、よい。それであやつが、わしの寺には素晴らしくイクのが早い小僧がおるそうだな、と言ってきおった」

「はあ」

 イックーさんは、ため息とあいづちを同時に行った。

 橋の上で派手にイキ、将軍さまをイクことで恐れさせたという噂が、次第に広まりつつあったのじゃ。

 イックーさんはただ静かにイキたいだけなのに、世間がそれを許さぬ。

「わしはすっかり気をよくして、おうとも! うちのイックーはそれはそれは素晴らしいイキっぷりだぞと言うた。そうしたら、それほどのイキっぷりなら、さぞやいいモノを持っているに違いないと言いおる」

 イックーさんは、恥ずかしくなってしもうた。身内自慢など慎みがたりない、まったくしょうがない和尚さまだ。

「わしが、うちのイックーは日本一のモノを持っているぞ! と返したらな、あやつ、是非見たいと言い出してのう」

「なにを考えているんですか……」

「……見せてやってくれんか?」

「いやですよ!」

「わしのメンツが立たんのじゃ……頼む! 明日またイクことになっておってな……」

 イックーさんは深い深いため息をついたのじゃった。

「あのですねえ……わたしはただ、イキやすいだけの小坊主ですよ? 別に性の知識が豊富なわけでも、立派なモノを持っているわけでもありませんよ……」

「そこをなんとか、裏の杉の木くらいにならんか?」

「そんなにカンタンに大きくなったら、皆嬉しいですね。でも現実はそうじゃない」

「イックー……頼む……しくしく……」

 弱り顔の和尚さまに、イックーさんはもう一度ため息をつき、

「……ちょっと待っててください」

 と、廊下に出て行った。

「──ン゛ッ!」

 そして戻ってくると、後光でも差しそうなほど、スッキリした顔をしておったそうな。

 なにかをしてきたのじゃろう。

「何とかなるかわかりませんが、手はあります」

 これは……賢者のとき!?

「お、おお……!」

 翌日、イックーさんは小坊主たちに手伝ってもらい、寺中にある写経用の半紙を集めるとごはん粒でつなぎ、山門から石段、参道までずーっと長く並べさせたのじゃ。

 そして、イックーさんは山門の前に立った。右手にはなみなみと墨汁を注いだ桶を持ち、えらく長いフンドシを締めておる。

「……どうするのじゃ?」

 和尚さまは不安そうじゃった。

「わたしがこれから、このフンドシに墨汁をつけて半紙の上を走ります。できあがったら、それをウナギの魚拓だと言ってお渡しください」

 ウナギとはもろちん隠語じゃぞ。

「ほう、なるほど! だが、それで騙せるかのう?」

「知りませんよ……」

「にしても、なぜフンドシを使うんじゃ?」

「大きな筆がなかったんです。用意していたら間に合いませんし……じゃ、やりますから」

 イックーさんはフンドシに墨汁をつけ、走り出した。

 だが、浅はかだった。

「ウッ……これは……!」

 走るほどに、フンドシがキツく締まってゆくのじゃ。さらに悪いことに、イックーさんは緊縛プレイに慣れ親しんだ肉体……つまり……

「ン゛ッオ!」

 ほら、イッたわい……

「ッグ……ハァ……ウッグ……」

 いったん立ち止まり、フンドシを直してから再び走り出すが、

「ンッグゥッ!」

 またイッた……

「ハッウ!」

 またイッたぞ……

「オッグッッッッウクッ……!」

 イックーさんは小刻みにイキまくりながら必死に走り、何とかウナギの魚拓を完成させたときには、もうフラフラになってしもうた。

 哀しい出来事だったのう……

「さ、さあ……和尚さま……これを、持って……ウッ……」

「うむ! ありがとう、ありがとうな、イックー……!」

 イックーさんがせいしをかけて書き上げた半紙を持って、和尚さまも急いだ。

「──はあ、これが……ウナギの魚拓?」

 だが、あちらの住職さまは、いぶかしげに眉をひそめた。

「確かにご立派ですが、信じられませんなあ……何か証明できます? 証明できねば信じませんぞ」

「そ、そんな……」

 和尚さまは愕然とした。イックーさんが命を削ったものだというに……

「……ハッ!?」

 そのとき、住職さまが目を見開いたのじゃ。

 墨汁は黒い液体……だが、その墨汁のあちらこちらが、点々と白くヌけておることに気付いたのじゃよ……

「お、おお……すまぬ! 疑って悪かったわ、これはまこと、ウナギの魚拓に相違ない! 家宝にして飾るべし!」

 さて、イックーさんがここまで狙っておったかは、とんとわからぬ。

 だが、必死に走りヌいたことだけは確かであろう。

 必死にイきヌけば、いいこともあるものじゃということよな。

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