第3話 屏風でイく咄

 山がくれないに染まる頃には、イックーさんはすっかり縛りプレイに目覚めてしもうたそうじゃ。おもむき深いことよな。

 都にイッてからというもの、チクチクした感覚がやみつきになってたまらぬ。

「ンッ!」

 門前で落ち葉掃除に精を出しながら、イキかけて精を出しておると、石段を上がってくる影があった。総髪そうはつのお武家さまである。

「これ、小坊主! モグモグ」

「ンッ!?」

 七割がた、イッてしもうた……

「……どうしたでござる? いきなり背筋をピーンとして」

「いえ……急でしたので……ッン……何か御用ですか?」

「和尚さまにお会いしたいが、おられるか? モグモグ」

「はい……あの、どちらさまで?」

 お武家さまも、ピーンと背筋を伸ばした。

「拙者、蜷川にながわ原罪SIN右衛門えもん親当ちかまさ。またの名を蘊智うんちと申す。将軍さまのおつかいで参った、モグモグッ!」

「えっ、足嗅義あしかぐよし満公の!」

 イックーさんはたいそう驚いたが、イくのは我慢した。将軍さまでイッてしもうては、なんとも哀しすぎるからのう。

「ンッグ……し、失礼しました、どうぞこちらへ……」

 先んじて歩きながら、ずっと気になっていたことを尋ねてみた。

「あの……先ほどから何をお食べに?」

「もぐもぐ、カリントウにござる」

「それにしては柔らかそうな」

「カリントウにござる」

「一つくださいませんか?」

「やめておけ」

 お武家さまは、ふと真顔になったのじゃ……はて、一体何を食べておるのやら……

 やがて和尚さまの部屋についた。

「ん? イックー、そちらは?」

「シンえもんさんです。将軍さまのお遣いで来られたとか……」

 和尚さまとイックーさんが交わす言葉に、シンえもんさんは目を丸くした。

「おお! ではおぬしがイックーどのか!」

「え? あ、はい……確かにわたしがイックーですが……」

「将軍さまが是非連れて参れと申されたのです、モグモグゥ!」

「えっ、なぜ!」

 シンえもんさんは、ニヤリと笑ったのじゃ。

「なんでも、橋のどマン中で見事にイッたらしいではないですかあ、モグモグ……」

「ヒッグゥ!」

 イックーさんは怖すぎて、ほぼイキかけた……考えてもみよ、国の最高権力者が、自分がイッたタイミングを把握しているというのは、怖いことじゃぞ……

 もしかして……公衆の面前でイッたことを、咎められるのか? 縛り首だろうか? もう全身ギッチギチに縛っているから、これで勘弁してくれないか……

 しかし、逃げるすべも思いつかぬゆえ、いよいよ観念し一緒にイクことにした。

「おお、では早速……モグモグ!」

 先に出てイこうとするシンえもんさんに、和尚さまはふと問うた。

「シンえもん殿、何をお食べに?」

「カリントウ」

 本当かのう?

 まあ、ともかく二人はアンッコク寺を出立し、金カク寺へ向かったそうじゃ。

「──おお、お主がイックーか、クンカクンカッ!」

 将軍さまは、足の指の間の匂いを激しく嗅ぎながら、待っておった。

「は、はい……」

 イックーさんは、ちぢみあがっておったそうな。

「クンカクンカ……そうかしこまるでない、ちこう寄れ」

「え……綺麗にしてありますよ……?」

 イックーさんがおずおずと部屋に入ると、将軍さまは扇子の代わりに足の指で口元を隠しながら言うた。

「おぬし……随分派手にイクそうではないか、ん?」

「え……いや、それほどでも……」

 照れる。

「クンカクンカ! 今日は一つそれを見せてみよ……おい、あの屏風を持て!」

 将軍さまは手を打つと、部下に命じて一双の屏風を持ってこさせた。

「見よ、この屏風……この描かれた女の、艶めいた姿を……さあ、この女でイッてみせい!」

「ハッウンッッッッッアッアッグァ……!」

 言われるまでもなく、イックーさんは、とっくにイッておったそうな……

「……お、おお、もうイッたでござるか!」

 あまりの早業にシンえもんさんが驚きの声をあげ、

「む……なんじゃ……派手にイクと聞いておったのに、この程度か……」

 将軍さまが落胆の声をあげたとき、

「ンッハッ……ハアァックッ、ウゥッ……ウウゥゥウウウウイッ!」

 イックーさんは余韻を味わいながらも、不思議な感覚に包まれておった……イッたのに、イッてなかった……夢なのに、夢じゃなかった……そんな感覚にのう。

 なんだ、これは……精力が……みなぎる……

 二次でイッたとき、人は罪悪感を覚えるもの……そうであろう? その罪悪感が、イキながらにして完全にはイけておらぬ、賢者の刻を迎えながらも欲望をたもつ哀しみの戦士に、イックーさんを生まれ変わらせたのじゃ……

 せつないのう。

「……将軍さま」

「なんじゃ……ハッ!? おぬし、なぜ脱いでおる!」

 イックーさんはおもむろに法衣を脱ぐと、その身体をギッチギチに縛りつける荒縄をほどき、両手に構えよった。

 目が血走り、なにかが先走っておったそうな。

「それほどまでにわたしにイケと言うのであれば……女を屏風から出してください……」

「え……何を言っとる、お前……」

「さあ、縄を用意しましたよ! すぐに女を出してください! そうしたらわたしが縛りますから!」

「ちょ、待……」

「出あぁぁァーせええええェェェェェェェーッ!」

 イックーさんは、泣きながら雷鳴のごとく絶叫したのじゃ……

「人にイけと言っておきながら二次で済まそうなんて、それが将軍さまのすることですか! あまりに残酷だと思いませんかアァァーッ!」

「お、落ち着いて、イックーどのォ!」

「黙れ、うんこ!」

 哀しみの戦士、イックー早潤ソウジュンはもうとまらぬ。

「ウワアアァァァァァァァァァァァアアアアッイグッイグゥーイグッ!」

 屏風に縋り付いて、泣いておるではないか。ゴンゴンと頭突きをし、二次元にイキたくてイキたくてたまらぬ様子じゃった。絵の女に縄をかけようとしたり、必死でのう。

 いやはや、泣けてくるわい。

「確かに……そうかもしれぬ……わしが残酷すぎたのか……!」

 すっかりおかしくなってしまったイックーさんの姿を見て、将軍さまは恐れおののいたそうな……人とはこれほどまでに、三次元を求めるのかとな……

 それ以降、将軍さまも少しは懲りたそうな。人の性癖をたやすく遊びのタネにすると、とんでもない状態になってしまうとわかってのう……

 さても、めでたいことじゃて。

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